「・・・あなた・・・」
「・・・はっ!!!も、申し訳ございませぬとととと咄嗟とはいえおなごの肩を抱くなど某はれっ」
「こんの馬鹿主!!!!」

の肩を抱いていたことに気付いた幸村は飛び退くように立ち上がり、顔を真っ赤にさせてどもりつつも言葉を紡ぐ。
だがしかし、お約束の真田名物破廉恥絶唱が始まる前に佐助が幸村の頭を全力で背後から殴りかかった。

「なにやってんのあんた!!馬鹿じゃねえのか!?死んじまうつもりかよ!!」
「しかしっ」
「しかしもなにも減ったくれもないんだよほんと全くこの馬鹿!!」

そこで一息着き、佐助は全身の酸素を吐き出したかのように項垂れる。

「肝が冷えたぜ、まったく」
「しかしだな佐助、昔もお前はこうしてくれたではないか」
「う」

幸村がまだ弁丸という幼名を名乗っていたころ、幸村もまた強すぎる婆娑羅の力に戸惑い、暴走させ回数は多かった。
幼心に自ら脅威たらしめる力を自覚しつつ、それを押さえる術がわからず混乱し、それがまた暴走につながる。
自らの炎がすべてを傷つけるような気がして、幸村は力が暴走するなり池に飛び込むなどして無謀な沈下を試みていた。
しかし、幸村に力を制御するすべを教えたのは信玄ではなく佐助だった。
誰よりも幸村の傍にいて、誰よりも幸村の心を理解していた佐助だからこそできた。

「お前が言ったではないか「弁丸様は悪くないよ」と」
「そりゃいいましたけどっ」
「お前だって火傷だらけになりながら某の炎を止めてくれたではないか」
「いやだからそれは」
「某は間違ったか?」
「・・・・もう知らないよ!」

ことんと子犬の様に小首をかしげる主に佐助は呆れかえって天を仰いでしまった。
言いたいことは山ほどあるが、ある意味育て方を間違ったとしか言いようのないほど純粋な主に文句を言うのも気が引けてしまった。
やれやれとお決まりの言葉で会話を打ち切った佐助は、隣でいまだ茫然とするかすがの肩をつついた。

「かすが、俺様旦那の治療してくるからちょっとの間あの子のこと頼まれてよ」
「あ、ああ」
「かまえなくってしばらく暴走しないと思うよ。だいぶ消耗してるみたいだし。部屋はここから奥の通路の部屋で。よろしく」
「わかった」

かすがはくたりと力の抜けたを抱き起こしてやる。
そしてその軽さに戦慄した。まさか骨と皮だけなんじゃないだろうかと不安になるような軽さだ。
濡れた頬も相まって、こちらの胸がずきりと痛む。


「・・・」
「おまえは、なにも悪くない。少し驚いたが、なにも悪くなんかないんだ」

悲しげな表情が見たくなくて、思わずついて出た言葉にかすがは何を言っているんだろうと自らの頭を振った。
はゆるゆると顔を上げた。
虚ろな瞳に涙が浮かぶ。

「わたし」
「大丈夫だ。誰もお前を責めたりはしない」

はその言葉を合図にしとしとと涙を降らす。
小さな肩が小刻みに揺れ、突き刺すような感情がかすがを襲った。

「す、すまない泣かせる気はなかったんだ!」
「ちが・・・ちが、わた、し・・・」

自分は浚われて、無理やりここにいさせられている。
利用されようとしている。わかっているはずなのに、かすがと幸村の、嘘のない言葉が嬉しい。
真っ直ぐな瞳が、の真ん中に感情を伝える。
うれしくて、つらい。
どうすればいいのかわからない。

誰か教えて

はただ、声にならない声で泣き続けた。



***


「大将、報告します」
「うむ」
「件の満月の女なんですけど、どうやら婆娑羅者確定みたいです。しかし、自分にその力があるって知らなかったみたいで力の制御も出来ない様子で。ですが、あの力量は尋常じゃあない。短時間で館の一角を消し炭に変え、その前は真田の旦那と周囲一帯を丸焦げに。彼女ははっきり言って一騎当千なんてもんじゃない。たった一人で戦況をひっくり返せます。ただ、織田がこの力に気づいているかどうかはわかりません」
「そうか」

ぬるい風が吹く。
ちらちらと蝋燭の灯が揺れ、佐助と信玄の影も揺れる。

「どうしたものか」
「かすがと軍神、それと真田の旦那にはちょこーっとだけ気を許したと思っていいんじゃないですかね」
「難しいのう。謙信もそう国許を開けてはおけまい。独眼竜はすでに帰城の途についた。織田の動きもわかぬまま、か」
「すいません、大将」
「いや、おぬしにも無理をさせておる。すまんな佐助」
「やだなぁ大将。そんなこと言うんだったらお給料あげてくださいよ」

へらり、と相変わらずの笑みをのぞかせてそこで報告は終了なのだろうと信玄はため息をつく。

「それは幸村に言え」
「へいへい。それじゃあ猿飛佐助、これにて下がらせてもらいます」
「うぬ、御苦労」

衣擦れの音一つ落とさず佐助の姿が描き消える。
信玄はひとり残された自室で、再びどうしたものかとこぼした。
一方佐助は屋根伝いに件の部屋に向かう。
もちろん、の部屋だ。

「かーすが、会いに来ちゃった!」
「死ね」
「うそうそ!そんな冷たくするなって!」

屋根裏で待機していたかすがに極限にまで小さくした声で話しかける。
相変わらずかすがは冷たかったが、仕事にはそつがない。すぐに天井板をずらしての様子を見せた。

「あの後すぐに寝た。特に変わったところもない」
「んーそっか」
「おい、武田信玄はをどうするつもりなんだ」
「そんなの一介の忍びが知るわけないでしょ」
「しかし!」

詰め寄るかすがに佐助はため息をつく。

「だからお前は甘いんだ。満月の娘はまだ織田のものだ。変に気を許すな。お前は軍神の剣だろう?」
「わかって」
「ないから言ってんの。お前も軍神に報告してきな。監視は俺が変わる」
「・・・・ふん!」

鼻息とともにかすがは佐助の前から消える。
正直殴られるかと思った。
はあらゆる意味で危険だ。
彼女は人間であり兵器であり神だった。
あらゆる噂が舞い上がり、言葉は人を狂わせる。
今日の火事の一件も相まって、周囲はますますをどう扱うか測りあぐねいている。
いっそ殺してしまえという発言も上がっているが、世間は「満月の女が戦国乱世を終わらせる」という噂を信じているのだ。
ここで武田が手を下せば甲斐の虎の人望は地に落ちる。

「まったく、厄介なもんだよほんと」

生まれも育ちもわからない、ある日突然溢れ返った噂と一緒に出没した女。
作為的な何かを感じれながらも真実は何も掴めていない。

「忙しくなりそうだよ」

すやすやと眠るの寝顔に、佐助はされやれとため息をこぼした。






木炭で描いた静止画