「おっとこいつは役得。美人がそろい踏みでなに話してるの〜?」 「貴様!!あっちへ行け!が怯えるだろう!!」 「あれぇ?俺様のいない間に随分と仲良くなっちまってまぁ。嫉妬しちゃうじゃんかすがぁ」 「馴れ馴れしく呼ぶな!!」 喧々囂々、一気に煩くなった部屋の中だがは口もはさめず、というか開いた口が塞がらないままでいた。 天井から佐助が落ちてきた。いや、降りてきたのか。 非現実的なそれだが忍者だと言われれば納得せざる得ないのだろうが。 のことなど気付かぬようにまるで漫才を思わせる漫談を続ける二人。 もう一度天井を見上げてみるが天井板はきっちりしまっている。 早技か、トリックか。まるで漫画のようだった。 「まぁまぁ、俺様はかすがことが心配でね」 「気味の悪いことを言うな!お前に心配されるほど私は落ちぶれていない!!」 「そうじゃなくて、この子と、二人っきりなのが、危ないの」 わざわざ区切りを付けて言う佐助にかすがは盛大に顔をしかめる。 確かに、と二人きりでいるのは危険だ。 まどろみ和み、道具ではなくなってしまう。 一時とはいえ、自らの存在意義を揺らされる。これは、とても危険だ。 いつか、自分が人間だという妄執を抱く。とても危ない。 「下手すりゃお前、この子に殺されちゃうぜ?」 「な、なにを馬鹿な」 佐助の射抜くような視線にかすがはたじろぎ、も何事かと目を見張る。 かすがを殺すなど。人を殺すなどにできるはずがない。 は佐助たちとは違う、ただの人間だ。 「なに?そんな驚いた顔しちゃって。忘れたとは言わせねーぜ?この子は先の戦で真田の旦那に重傷を負わせたんだ」 「が・・・真田を?」 「私は何もしてない!!」 佐助の言葉には即座に反論する。 自分は何もしていない、むしろ濃姫を崖から突き落としたのは彼らのほうだ。 一気に腹の底が熱くなる感覚にの思考は赤く染まりだす。 「なにも?馬鹿言っちゃあいけないよ。あんたは真田の旦那を丸焼きにしちまったじゃないか。甲斐はどこよりも炎の婆娑羅者が多い。真田の旦那は特に紅蓮の鬼なんて呼ばれる御仁だ。その人をこいつは炎の婆娑羅で焼き払った。尋常じゃない」 「ちがう!!私はそんなことしてない!!なにもしてない!だって私は何もできないのにっ」 「なにもできないなんてよく言えるね?あんたが焼き払った一帯は不毛地帯だ。草木が一本も残らない、まさに織田の娘って感じ?あんな力があれば村一つ焼き尽くすのは容易いだろ」 瞬間、の脳裏に様々なイメージが逆流する。 赤い炎、煤けた大地、焼きつくような空気、悲鳴、血、逃げろと叫ぶ声。 「ちがう・・・」 「?」 「ちが・・・そんな、わたしじゃ」 「どうした?」 カタカタと震えだすを不審に思い、かすがは思わずの肩を抱く。 しかしはそんなことには気付かず、必死に頭を振る。黒い髪が暴れるが、赤い映像が離れていかない。 「ちがうっ・・・ちがう・・・私じゃない!だってあれはっ」 志村がやったことだ。 志村の兵が火を放った。 村に、人に、緑の大地に。 すべてを焼き尽くしたのは志村だ。 ではない。 は逃げただけだった。 はなんの力も持っていない。 はこの世界の人間ではない。 は特別な人間ではないのだ。 平成の世であれば。 「わたしはっ・・・!!」 突如炎が舞い上がった。 寸でのところで佐助がかすがの腕を引く。 かすがの驚愕の表情に、の瞳から涙があふれた。 「ちがう!ちがうちがうちがうちがう!!わたしじゃない!わたしじゃない!!わたしじゃないっ!!」 どんなに悲鳴を上げても炎は収まらない。 畳を焦がし、襖を焼き、すぐに人が集まってあわただしく消化を始めるが発生源が燃え尽きなければ何も変わらない。 かすがはとっさにの名を呼んだが、は錯乱している様子でその声は届かなかった。 「なにがどうなってるんだ!?」 「俺様に聞かれてもっ」 煽ったことは事実であるが、こんなことになるとは思いもよらなかった。 婆娑羅者であったことは確かなようだが、まさか無自覚だったとは。 そして無自覚でこれほどの力を持つとか。脅威だ。 「佐助!かすが殿!!」 遅れて駆けつけた幸村は忍たちの名を呼び、炎の中心で囂々と燃え続けるを見つける。 彼女自身はどこも焼けていない。だが着実と炎は広がりつつある。 あまりの事態に持参した団子と茶が音を立てて地面に転がった。 「旦那は下がってて!まだ傷も癒えてないでしょーに!」 「だからと言って、どうするつもりだ!?」 幸村の吠えるような声に佐助は舌を打つ。 暴走した婆娑羅者を止めるなんて気絶させるか殺すかしかない。 しかし、幸村をも殺しかけた炎など、とてもじゃないが凌げる気がしない。 「退け!佐助!」 「ちょ!?」 幸村は命令するや否や自らも低く吠えて婆娑羅を纏う。 二つの炎は混ざり合うことはなく、別々のままぶつかり熱量を上げた。 「館が燃え尽きちまうよ!!」 「殿!!」 佐助の悲鳴とかすがの声が混ざって響く。 幸村は己の炎を纏うことでの炎を退けていたらしい。だが、長くは保つまい。 もともと負傷しているのだ、無理はできない。 「殿!落ち着いてくだされ!!」 「ちがう・・・私じゃない・・・わたしじゃないのっ・・・!!」 は耳を塞ぎ蹲り、小さな子供の様にいやいやと頭を振る。 あの村を焼いたのも、幸村を焼いたのも、この姿かたちだって本来ののものではない。 のものではないのだ。 はなんの力も持たない、ただの高校生だった。 「殿!」 ようやく炎を掻い潜り、の傍までこれたものの肺を焼くような空気に喉が焼けそうになる。 炎の外で佐助が叫ぶのが聞こえたが、幸村はそれどころではなかった。 「殿、落ち着かれよ。そなたは何も悪くない。なにも悪くなどござらん。安心されよ。そなたにはなんの非もありはしませぬ」 「わたし・・・わた、し・・・」 「殿は何も悪くなどございませぬ。落ち着いてくだされ。某は知っております。そなたは何も悪くない」 幸村はの肩に触れ、そのまま覆いかぶさるように抱きしめる。 は少し暴れはしたものの、幸村はなだめるように背を撫でた。 心臓の鼓動が伝わる距離に、はうっすら幸村を視認する。 「わたし・・・」 「そなたは何も悪くございませぬ」 すとん、と胸の中に落ちてきた声にの炎が徐々に収まった。 あわただしく駆け回っていた女中や武田家臣たちは炎の真ん中でうずくまる二人の姿を見つけ、様子を窺う。 「わたし・・・」 「そなたは何も、悪くございませぬ」 その言葉と同時にすべての炎が沈下される。 黒い墨に変わった柱、畳、襖。あたり一面を濡らした炎。 の涙は止まらない。ただ幸村は笑って「そなたは何も悪くない」ともう一度囁いた。 |