「幸村様!敵影に援軍あり!その形「加賀梅鉢」、前田軍でございます!」
「むぅ!新手かっ!!」

織田本陣の背後を取るように命じられた幸村は、まさしく佐助の偵察どおり遊軍として控えていた浅井軍との交戦中の出来事であった。

「何故前田軍がここに!?織田本陣を守っているはずではっ!?」
「この兵の数・・・本陣は恐らくもぬけの殻だぜ、旦那。どうやら俺様たち、魔王の手に踊らされてたのかもしれない」
「なんと!」
「まずいな。ここに鉄砲隊がいないってことは、大将たちが危ない!!」

クナイを飛ばし、確実に敵騎を沈めながらそう叫ぶ佐助だが、このまま浅井と前田軍を相手にしていては引き戻せない。
情報収集に怠りはなかった。かすがや白頭巾、黒脛巾、そして何より自分の足で行った。
それなのにこうも裏を掻かれてしまえば歯噛みすることは止められない。
大手裏剣を飛ばした佐助は、闇から影の分身を生やし馬の首を跳ね飛ばした。

「旦那っ!!どうする!?」
「くっ・・・!!しかし、ここで退いてはっ・・・!!あれは?」

二槍に炎を纏わせて大きく奮いながら敵を弾き飛ばせば、ふと前田軍の背後に走り去る騎馬が二馬見える。
一人は、喪服のような黒地の装い。見紛う事なき魔王の妻だ。

「魔王の嫁さんだね、大将首が戦線離脱?まさか、一緒に居るのは・・・」
「行くぞ!!佐助ぇええ!!」

佐助の言葉が終わる前に、幸村は高らかに咆哮を上げて馬と共々高く舞い、敵の包囲網を掻き分け進み通る。
追おうとする浅井前田軍に立ちはだかる真田軍。
佐助はやれやれと嘆息しつつ、近くの武将に伝言を飛ばす。

「悪いけど、ここは任せるよ」
「佐助殿こそ、幸村様をお頼み申します!!」
「はは、任して頂戴よっと」

とん、と地を蹴れば忍の体はふわりと浮く。
振り上げた腕で黒い大鴉の足を掴み、敵の包囲を抜けると同時に佐助は幸村に並んで地を駆けた。

「旦那、気をつけてくれよな。魔王の嫁って言えば南蛮渡来の銃火器を使う。クナイとは訳が違うんだから、ちょっとは警戒・・・」
「そこの者っ!!第六天魔王が妻にして家臣、濃殿とお見受けいたす!!何故戦地に背を向けられるか!!いざ尋常に勝負致せぇ!!」
「・・・してくれるわけない、か」

はぁ、とこぼれる溜息は仕方のないことだろう。相変わらず向こう見ずな主のために、佐助はさっとクナイを飛ばす。
鉄砲よりもさらに小型な銃の玉は小さい、うまく弾けるか自信はなかったが、空中に爆ぜた鈍い悲鳴に成功したのだと佐助は内心ほっとした。

「・・・甲斐の虎若子、追ってくるとはたいした度胸ね」
「女子であろうと容赦はせぬ!!お館様ご上洛、が、為・・・」

両の手に銃を構えた濃姫は艶やかに微笑む。
戦場に不釣合いなそれ。滑らかな曲線を描く肌を晒す濃姫に幸村は思わず視線を逸らした。

「旦那!!赤くなってる場合じゃないっての!!」
「ああああ赤くなどなってはおらぬっ!!」
「ったく、締まらないねぇ。けどま、恨みはないけど、覚悟してもらうよ。魔王の嫁さん」

鋭くなる佐助の視線に、幸村もまた二槍を構えなおす。
と同時に、濃姫に庇われるようにして黒い羽織を被って姿を隠す者が気に掛かった。
前線に魔王の子と死神、本陣には第六天魔王。そうしてここに魔王の妻。織田軍の中の特筆した力を持った武将は全て確認されている。ではあれは、誰だ。

ちゃん・・・逃げて!!」
「で、でも・・・!!」

濃姫は叫ぶと同時に馬を走らせ、佐助と幸村に向かって銃弾の雨を降り注ぐ。
銃の威力は脅威である。たった一撃で相手を死に至らしめることが可能だ。
だが、刀や槍と違い、永遠に攻撃し続けられるわけではない。
弾数制限がある。その隙を守りきらねば、濃姫は死ぬ。

「早くなさい!!」
「余所見だなんて余裕だね」
「くっ!!」
「濃姫様!!」

その叫び声にして弾かれた様に幸村も飛び出す。
馬上より二槍を振り進めば、濃姫の銃弾が馬の腹部に被弾した。
すぐさま馬を飛び降り濃姫に肉迫すれば、それを読んでいた濃姫の銃弾に足元を掬われる。

「旦那!!」
「纏めて消し炭にしてあげるわ」

自身も馬上から舞い降りた濃姫は炎を纏って銃を撃つ。

「舞えっ、叫天子よ!!」
「ぬぅっ!!」
「・・・っ!!」

至近距離で放たれた弾丸を何とか各々の武器では防ぐが、その婆娑羅までは防ぎきれない。
幸村は同じ属性であるから何とか凌いだが、佐助は容易く吹き飛ばされる。
婆娑羅の力は一騎当千。甘く見ていたわけではない、油断をした。

「佐助!!」
「あら、私の相手をしてちょうだいな」

艶っぽく笑う濃姫の銃弾が幸村に襲い掛かる。
一発、二発と凌いでは見るが、やはり銃の威力は脅威であった。
二本の槍がうち片方の刃が欠け、柄が折れ、そうして腕の中から弾き飛ばされる。
しかしこのまま後退しては、狙い撃ちが目に見えていた。幸村が濃姫に勝つ方法は、間合いを詰めて一気に打つことしかない。

「・・・覚悟っ!!」
「旦那っ!!無茶だっ!!」」

駆け出す幸村に佐助の制止の声が飛ぶ。濃姫の笑みは崩れることなく、むしろ相手を嘲笑うかのような傲慢さが滲んで見えた。

「うぉおおおお!!!」
「蜂の巣にしてあげるわ!」

打ち出す銃弾は直線を描き、幸村もまた愚直に直線に突き進む。
幸村の全身を炎の婆娑羅を纏うが、銃弾の雨の中無事では済むまい。
放たれた銃弾が肉を焼く。幸村は低くう呻きながらも突撃を止めなかった。
佐助は熱と打ち身に痛む躯に鞭を打ち、体勢を低くしたまま飛び出す。
目指すは一点、迷いはない。

「きゃ、あっ!!?」

馬上で動きあぐねる姿を隠した人物を、殴るような勢いで腕を伸ばして引き釣り落とす。
喉元にクナイを当てながら細い体を拘束すれば、力ない柔らかな肢体には驚いた。
だが同時に理解する。芳しい花の香り。

「悪いね魔王の嫁さん、武器を納めてもらえるかい?」
「の、濃姫、様っ・・・!!」
ちゃんっ!!」

黒い羽織が流れ落ち、晒された少女の表情は恐怖に震えていた。
白い肌を伝う珠の涙。薄紅色の頬、丸みのある唇。長い睫毛。たゆたう黒髪。甘やかな香り。震える声さえもまるで天上の楽の音のように鼓膜を奮わせる。
触れることも恐れ多い、佐助は我知らず身震いした。
幸村の純真もかすがの美しさも霞ませる存在。わかっていたはずなのに、体が強張る。
それを悟られぬよう忍らしく無表情の鉄仮面を深く被り、肌が刃物の冷たさを知る距離にまで何とかクナイを持ちやった。

「卑怯なんていうなよ?これも戦さ」
「おのれっ・・・」

初めて苦く歪んだ濃姫の表情に佐助は何とか事態を好転させられたことを実感した。
織田軍は人に非ず、情に訴えるのは愚策の極み。
血縁さえ切り捨てるその非道さを持ちながら、小娘一人に攻撃の手を休める。
がどれほどの重要人物なのか、その行動から読み取ることはとても容易かった。

満月の女、運命の女、戦国の世を終わらせる、神の遣い。

言葉では言い表せきれないその少女の形が、何よりもの証拠でもあるのだった。





時には君の傍で