先陣を切る伊達の騎馬隊が突き進む。 その機動力は武田騎馬隊とも並び証される。勢いに乗ったまま政宗は馬上で刀を抜き放った。 「Psyche up guys!!派手に決めるぜっ!!」 その言葉に怒号のような雄叫びが反響し、加速する馬の嘶きに政宗は鋭く笑みを刻んだ。 「狙うは魔王の首だ!!遅れをとるなよっ!?」 「イェアーーー!!」 その同刻、防衛線に到着した濃姫は蘭丸と光秀、そして遠くに舞い上がる土煙に目を細めた。 「先陣は?」 「どうやら、独眼竜殿のお見えかと」 「てっきり武田騎馬隊が来ると思ったのだけれども」 「機動力の数も差ほどこあわりありませんので、問題はないかと」 薄く笑う光秀は血はまだかと楽しそうに肩を揺らした。 その変わらない狂気に濃姫は肩を竦めた。 「鉄砲隊は第三撃までよ。そのあとは光秀、好きになさい。蘭丸君は引き続き防衛線を守ってね。通してもいいのは」 「誰も通しませんって!濃姫様!」 弓を引き絞り言う蘭丸の笑みは天真爛漫の子供のそれで、この火薬と泥にまみれた戦場には不釣合い。だがこれでこそ鬼子だ、魔王の子だと揶揄される、有能な兵であった。 「そう、期待してるわね、蘭丸君」 微笑を返す濃姫もまた南蛮から仕入れた二丁拳銃をゆっくりと構えた。 「さぁ皆さん、宴の始まりですよ」 美しい鈍色の刃を構える光秀は、銃を構える歩兵たちに向かって歌うように号令をかけた。 「全員構え、よく引き付けて、しっかり狙うのよ?」 「いっくぞーお前らぁ!信長様の為にしっかり働けよな!」 「あぁ楽しみですね・・・ゾクゾクしますよ」 そして、一瞬の刹那的な緊張を断ち切るように、濃姫の号令が一体を切り裂いた。 「放てっ!!!」 銃身から打ち抜かれる鉛玉は火力の力を経て何者にも止められぬ勢いで敵陣へと飛び込んでゆく。その後押しをするかのように、蘭丸とその部下たちの弓が一斉に雨と鳴って頭上から降り注いだ。 「なっ!?」 「政宗様!!」 予想はあった。確信もあった。 南蛮と貿易の手を組む織田が銃という驚異的な武器を持って待ち構えているとは。 だが、予想を遥かに上回るその数。打ち込まれる鉛玉と矢の雨に政宗は咄嗟に馬を止めて力の解放を余儀なくされた。 「下がってろっ!!!」 瞬時、六爪を抜き放った政宗は全身に雷を纏う。 血が沸き立つ感覚に腹の底が煮え、痛みに近い激情が喉を焼いた。 「おぉおおおおおおおおおおおお!!!」 降り注ぐ屋の雨は同じ婆娑羅を感じる。 刀に乗せた雷撃を轟かせ、政宗は隙間なく降り注ぐ矢に向かって大きく刀を振り払った。 ふたつの雷が拮抗し、完全に塞ぐことはかなわなくともその半数以上を叩き落した竜の爪に伊達郡から歓声が上がる。 だが、直線状に飛んでくる鉛玉の脅威は、避けることは出来ない。 怒号と悲鳴と肉を裂く破裂音、砕けた鏃が地面に落ちて、それと同時に何人もの兵が落馬した。 「チッ!!なんて数だ!」 「政宗様!!このままでは狙い撃ちです!!」 「わかってるっ!!」 敵影を視認するにはまだ距離がある。 距離を詰めることは可能だ。速度は馬の方が大幅に速い。このまま突き進めば鉄砲隊を突き破り、あわよくば武器の強奪も不可能ではない。 鉄砲は強力な力を持っていると同時に一回一回銃身の手入れをしなければ打ち出せないという 欠点がある。 だからこそその隙を突いての特攻をかけることも出来る。 しかし、犠牲というなの損害はま逃れない。 銃よりも回転の速い矢の雨、しかも婆娑羅を纏うそれは鉄砲に並ぶ威力を持つのだ。 現在進行中の伊達軍の兵の中には上杉、武田から預かった兵もある。 無駄死にさせることは政宗の流儀に反した。 「どうなってんだ・・・!!織田の兵力は異常だっ!!」 防衛線を見る限り、兵力の三分の一ないし半分は集められていると見てもいいだろう。 そんな中本陣を包囲に行った武田と上杉。 一瞬囮にされたのかとの疑心が生まれたが、かの武将たちが人質を差し出してまでそんな戦法を取るとは思えない。 そして武田上杉、それに伊達の忍たちを使っても得られなかったこの兵力差という情報。 この戦は、始まる前から負けていたのだ。 政宗は懇親の力で歯を食い縛り、「撤退だ!!」と喉を裂くような声音で叫んだ。 「政宗様!宜しいのですか!?上杉や武田はっ」 「俺は俺が預かる民と兵がいる!ここで死んでやる気はねぇ!!違うか?」 「・・・ごもっともにございます!」 もともとこの同盟に思うところがあったらしい小十郎は、それ以上は何も追求せずに政宗に付き従う。 もうすぐ第二撃が来るだろう。 政宗は負傷者たちを担ぎ上げ、恥も外聞もなく撤退を始める。 非難の声を上げる武田上杉兵がいる中、第二撃で命を落とした者少なくはなかった。 「撤退だ!!全軍退避!!息のある者は声をだせ!!撤退っ!!!」 奥州をその勢いと手腕で圧巻し、そして王座にのし上がった伊達政宗。 英傑無敗の若き先駆者、初めての敗走であった。 「あれ?青いの引き返して言ったぞ?」 「まさか、独眼竜は囮?」 「北の若造が大人しく甲斐の虎と越後の軍神の言うとおりに動くと思う?こちらの兵力差に気付いたみたいだわ。随分賢明ね」 「つまんねーの!せっかく蘭丸がやっつけてやろうと思ったのに!」 蘭丸の言葉に紅を引いた濃姫の口元が美しい弧を描く。 血を思わすその色、同時に存在する匂い立つ色香に兵たちが息を飲む。 魔王に付き従う蝮の娘。理性にひた隠される狂気を垣間見た瞬間だった。 「つまらないですね。せっかく楽しい宴が始まると思ったのに」 「ぐずぐず言ってないで早く上総の介様と合流なさい。まだ武田上杉両軍との戦には間に合うかもしれないわよ」 「それは実に楽しそうですねぇ・・・!」 「私は娘のところへ先に行くわ」 そうして駆け出す濃姫の背を見送りながら、くつくつと肩を揺らしながら蘭丸を見下ろした。 「蘭丸にも指示がないですねぇ。私と一緒に遊びに行きますか?」 「遊ぶかよ変態!俺は防衛線引き下げの指示が出てるんだよ!お前と違って蘭丸はちゃーんと軍議を聞いてるからな!」 「蘭丸はえらいですねぇ」 「お前に褒められても嬉しくないんだ横の変態!さっさと行け!!」 「おお怖い怖い。では皆さん行きましょう。少しくらい骨のある方が残っていればいいんですがね」 つまらないと言い表すように、両手の鎌を引きずり進軍する光秀の背に中指を着きたてた蘭丸は、暫くしてから防衛線の引下げの為に本陣へと駆けていった。 |