閉鎖された奇妙な広間の座敷牢には一日に数度人が来る。
朝と夜の食事を運んでくれる女性が二人。時間はわからないが日がな何度か志村が現れる。
一人の時もあるが、数人連れで現れる時もある。
初めはあの発言どおり、手を出してくるかと思いきや男たちはただただ格子の向こうからを見つめるだけだった。
小さくのには聞こえない声で何か話して入るらしいが、なにを話しているかはわからない。
真摯な視線と、熱と欲望の混じる視線がの体をなぞるだけ。
手を出されるにも並ぶ不快感だけが募っていく。まるでサーカスや動物園の動物にでもなった気分だ。
なにをされるわけでもない、ただただ男たちは格子の向こうからを見るばかり。
それが余計に不安と恐怖を掻き立てていた。

「食事でございます」

うつらうつらとしていたところ、薄紅色の着物を着た若い女性二人が襖の置くからやってくる。
急いではっと身を起こせば体を包んでいたシーツが肩口から肌蹴た。
野生の獣のように警戒しただが、相手が食事係の女たちだとわかるとすぐに二人の女のほうへと駆けた。

「お願いします逃がしてください!」
「こちらがお食事です」
「ちょっと!聞いてください!」

もう何日目の何度目の懇願かはわからない。
日の光の届かない座敷牢では時間の感覚が狂う。今日も今日とて目も合わせてくれない女に苛立ちを感じたは、あの日男がしたように格子の隙間から腕を出し女の手首を捕まえた。
瞬間、相手の女はびくりを身を震わせて涙が溜まった瞳でを見る。
そんなに力強く握ってしまっただろうかと一瞬焦ったを他所に、女はわっと顔を覆って蹲った。

「申し訳ありません!申し訳ありません!!」
「あ、え、あの?」

何故謝られるのか、何故泣かれるのか。
やはりには理解できずにどうしたものかと焦りながら、座り込んだ女に合わせてもしゃがみこんで顔を覗き込もうと視線を下げた。

「あ、あのごめんなさい。突然掴みかかったりして、こ、怖かったですか?」

ぶるぶると寒さに震えるように戦慄いていた女はに再び視線を合わすや否や、ぼろりと大粒の涙を流して首筋を濡らした。

「謝らないでください!私のような端女にそんなお言葉勿体のうございます!」
「でも、」
「私たち下々の人間はあなた様のような高貴な方と口を聞けるような存在ではないのです。お優しい神子様、私たちはあなた様のその眩しい姿を目に入れては瞳が瞑れてしまいそうなのです。お許しください。何卒、お許しください・・・」

もう一人の初老に入りかけた女が泣き崩れた女の肩を支ええながら、それでも決してを視界に入れないように呟く。
それ以降はの言葉には耳も貸さず、扉のない格子の隙間から膳を通して去って行った。
ほかほかのご飯に湯だつ味噌汁。ほかにもおいしそうなおかずがずらりと並んだ豪勢な食事だが何も入ってないとは言いがたい。
たがここ数日、そんな事態は一度として起きなかった。
結局はしばらく思考を一巡させた後、どうにもならないと諦めをつけて橋をつけた。
腹が減っては戦は出来ぬ。もしもという時にお腹がすいて動けないなんて頃になっても仕方がないのだ。
あの男に一矢報いる為には体力が必要だ。は、本能と呼べる部分でそのことを理解していた。

「でも今度は神子?ありえない・・・どういう意味かもさっぱりだし」

漆塗りの端の先を齧りながらイライラと言葉を落とすが答えなどはどこにもない。は暗澹たる気持ちで胃に溜まる食事を遂行した。
窓さえ見当たらない広間では時間さえわからない。
やることがないのでぼんやりしていても時間が進んでいるのか止まっているのかもわからない。
今が朝か昼か夜か。それさえもわからないのだ。
この世界の食事は大体2回。今の食事が朝か夜か、聞けばよかったかもしれないとはまたため息をついた。

「おじいさん・・・おばあさん・・・」

血の繋がらない人たちだが、にとっては家族とも呼べる人たちだ。本当の両親や、二人に会いたくないはずがない。
そして二人を思えば思うほど、あの男が憎い。
の幸せを奪ったあの男が、憎い、憎い、憎い。

「あんな奴・・・だいっ嫌いだっ・・・利用されるなんて真っ平ごめんよ。絶対に逃げてやる・・・」

そう意気込んでは見たもののこの格子、一体どうなっているのだ。扉がないというのにどうやって自分を閉じ込めたのだろう。
畳み十二畳ほどの格子で囲われた場所を歩き回るが、やはり扉はない。
もしかして、上から吊っている格子かもしれないとはたと気付く。
すぐに広間の方へ視線を巡らせれば、木製の機械のレバーのようなものがあった。
やっぱり、と思う反面諦めが顔を出す。
腕を伸ばして届く距離ではありえないし、棒状のものなんてない。
すっかり萎えてしまった気持ちと一緒にはその場に座り込んでしまった。

「運命の女、満月の女、神子・・・」

それが自分を指していることは明白だ。
だからといって、本人の知らないところで噂されても。訳がわからない。
噂の本人がどういった噂?と聞くほど滑稽なものはないが、今度あの二人が来たら聞いてみるべきかもしれない。答えてくれるかはわからないが、何もしないよりもましだ。
自分の知らないところで噂され、さらには世界が回っている。
よくわからないその話の所為で、二人は、村は燃やされてしまったのだろうか。
滲む涙腺に鼻が痛い。
閉された空間で巡る思考は何度も同じ場所に行き着いてを苛んだ。
どうしようもない怒りと屈辱。
せめて、服くらい与えて欲しいものだとは忌々しげに舌を打った。
目的がわからない拉致監禁、不可解な呼び名、自分は一体、どうなるのだろう?

「まず・・・あれからどれくらい経ったんだろう」

閉鎖された部屋の中で、頼る当ても逃げる術もない。
はただただ、あの不快な視線を何度耐えねばならないんだろうと暗鬱とした気持ちでため息を吐くしかできなかった。





その朱は悉く


我を侮辱する