指先が肌を撫でる。
慈しむ様な繊細さと同時に、隠されていたすべてを暴くような力強さを感じさせる。
柔らかい指の腹が皮膚を滑り、きめの細かさまで調べられるような感覚に囚われた。
思わず緊張に震えれば「動くな」と手厳しい声が神経を縛り付ける。
返答も許されずにただただ体を横たえていた私は、細く小さく息を吐き、政宗の指先になぞられる肉体の輪郭を知覚した。
髪を分けた項、脊髄真上からゆっくり滑った指は、背中からくびれ、尻のふくらみを撫で内太ももに到達する。
指先から掌まで、政宗の両の手が私の体の輪郭を撫で、その肉体を隅々まで知ろうとする。
暴かれ、露になる肌。

だが、すべては妄想だ。そう、私の醜悪な願望に過ぎない。
実際政宗はいくらか離れた場所から私を見ているに過ぎない。
そうして空を撫でていた政宗は腕を一旦下ろし、硯の墨に筆を浸す。
この人は私に触れない。いや、女には絶対触らないのだ。
それはどうにも幼い頃かららしく、政宗は美しい青年のなりをしながら女には一切興味がない。
その癖どうして春画など描くのかと問えば「清々するから」と返された。
あの人はきっと、女の恥を紙面に描き刻むことで自らは触れることなく女を蹂躙しているのだろう。
そうやって、どこかの女に復讐しているのだ。
現に、春画を描き画くその時に、政宗の瞳は刃物のように冷たく、虫を見るような蔑む瞳で私を見る。
人の温もりもない心臓を刺し抜くような視線は、女の乱れた姿を見る時だけ愉しそうに歪んだ。
他の女は、それが堪らなくいいそうだ。

「何を考えてる?」
「・・・あなたのことよ」

言えば一拍置いて、政宗は気持ち悪ぃと舌を打った。
小さな声で悪態を連ねる政宗は、その苛立ちをぶつけるように目を細めて再び私の体を視線でなぞる。
露になった首筋から肩を撫で、膨らみのある胸へ。忌々しげに表情をしかめる政宗だが、筆を走らす手は止まらない。
ああ、見られている。
商売女の私たちを、男が見るものは孔でしかない。
だが政宗は、すべてを見る。
肌のきめも肉が産む陰影も浮きたつ汗も羞恥に浮かぶ色さえも。
すべてを暴き上げ拐いとって紙の上に描き込む。
正直ぞくぞくと肌が泡立った。
自分さえ知り得ぬものを政宗はその隻眼ですべて露にしてしまう。
隠し立てはできない。
政宗を前にして嘘を通せる女はいない。
自分も結局彼女らと同じだ。

あの男が欲しい。

想いと共に下腹部が熱を持つ。
膣が締まって刺激を欲しがり、触れてもないのに勝手に蜜が滲んでしとりと濡れた。
女になびかない若く美しい男。
金も権力も持ちながら、その体は清廉潔白と汚れない。
しからば汚してやりたいと言う苛虐的な想いと、あの瞳に酷くされたいという浅ましい願望が二律背反して私を追い詰める。
政宗に女の肉の悦びを教えるのが自分であれば、それはどんなに楽しいだろう。
緩んだ脳は勝手に浸り、ここにはない官能に腰が痺れた。
それがいけなかったのだろう。
私が先程とは違う心持ちだと気付いたらしい政宗は、にたりと猛禽のように笑い新しい紙に手を伸ばした。

、足を開け」
「っ、」
「早くしろ。こっちは金を払ってんだぜ?」

そう。あと数時間は私のすべては政宗のもの。
金で買われた私たちが、己の意思など持ってはならない。
ここで逆らえば政宗は二度と自分を買ってはくれないだろう。
わかっていても、私にも羞恥を感じる心がないわけではないのだ。

「早くしろ」

鋭く飛ぶ命令。秤に掛けた今後のために、観念した私はゆっくりと足を開く。
茂みの奥の陰部は、隠しようもないほどに濡れているのが自分でもよくわかった。
開かれた足を見て政宗は得たり賢しとばかりに筆を走らせる。
肉の柔らかさを失わせない政宗の描く滑らかな曲線。
見られている。
たったそれだけで私の股はしとどに濡れた。

「見られるだけで感じるのか?とんだ変態だな」

喉の奥で笑う政宗の声は獣の怒りに似て少し恐ろしい。
だが同時に捕食される危機感に近い緊張に心が震えた。

「汚ねぇな。だらしなく涎まで垂らして。汚らわしい肉だ」
「っ・・・」
「くくく、そんなに男のまらが恋しいのか?随分淫乱だな、この売女。なんとか言えよ」

この身を詰る政宗の言葉に、何故だかどうして体が火照る。
鋭いばかりの言葉尻に、息が上がる。
言葉よりもその腕で触れて欲しい。
願えば願うほど足りない快感が突きつけられた。

「どうして欲しいか、言ってみろ?」

微笑みとは程遠い、政宗の歪な笑みに内部がじくりと熱を孕む。
内側の溶けるようなとろみにむず痒いような官能。

「・・・って、」
「あぁ?」
「触って、くださいっ、」

熱に疼く秘所も、たわわな胸も、全身が刺激を欲しがってみっともなく震える。
淫らにひくつく私の女陰に、政宗は声もなく楽しそうに肩を揺らせた。

「浅ましい」

そして筆を置いた政宗は、新しい筆をとって私の目の前に片膝をついた。
筆の持ち柄で私の顎を高く上げ、仰け反る喉の線を見つめて低く唸る。

「俺が汚ねぇ女に触るわけねぇだろ?寝惚けんな」

銃のように打ち出された言葉の火力は計り知れない。
わかっていたのに胸が痛んだ。

「てめぇなんかには、こいつで十分だ」
「っ、ん!?」

顎を離れた筆が、喉を滑って胸を遊ぶ。
片側の乳房を撫ぜる筆先は、舌とも指とも違う感触である。力ない毛の筆の愛撫はどうしようもなく弱々しく、物足りない。

「あっ、いや、ひぅ・・・」
「嫌だぁ?どの口が言いやがる。こんなに乳首硬くさせて」
「ん、っは・・・、ぁ、ん・・・!」

片方ばかり弄る政宗の筆遣いに、もう片方も触って欲しくて腰が疼く。
官能の扉を撫でる政宗の行為は、絶頂が程遠く思わせ涙が出てしまう。

「きもちいいのか?
「は、んっ、いぃ、きもちっ、いっ・・・ねぇ、はんた、い、もっ」

触って、とはしたなくも強請れば、政宗は筆先を腹に流した。
思わず非難がましい吐息を溢すが、政宗は気にせず腹に絵を描く。快感を追う脳では、その絵が何かなど考え及ばなかった。

「臍は母の体内にいる時に緒で結ばれている。子は母のすべてを継ぐ。お前の母も、こんな風に淫乱だったか?いや、恐らくはお前以上の淫売だったろう」

蔑む口調で政宗は笑う。
顔も知らぬ母のことをどう言われてもなんとも思わない。
それよりも、いまここにいない別の女が政宗の思考を占めることが許しがたかった。

「知らないっ、そんなの・・・」

言えば政宗はそうか、と笑い、柔らかな筆先で私の茂みを掻き分け始める。
秘所の突起を筆が撫でれば、電流が走るような感覚に背が仰け反った。
私の陰水に濡れる筆。
政宗の大切な一部を汚したと思うと、堪らない興奮に火がついた。

「びしょびしょだぜ?洪水だな、まるで」

身を屈めて孔を凝視する政宗。
たったそれだけで全身を撫で回されるような感覚に陥った。
政宗が私を見ている。私を蹂躙している!
その事実は性欲の竈に薪をくべ、理性は焼き切れ灰になる。
私の秘所はどうしようもなく濡れに濡れてはもっと苛めてくれと言わんばかりに脈動した。

「お願、いっ・・・政宗っ、触ってぇ!!」

もどかしい快感が全身を浸して私は子供のように泣きじゃくって指を噛む。
それを見つめる政宗はふっ、と柔らかく口許を歪めて笑った。

「嫌だ」

そうして陰核を撫でていた筆を私の穴へと突き挿入れる。
まらよりも頼りない太さだが、慣らされていないそれはやはり痛かった。
血が出るかもしれないとぼんやり考えるが、政宗の嗜虐的な微笑みにそんなことすぐにどうでもよくなる。
自分の股に刺さる政宗の愛筆。
政宗に犯されているような気がして、きゅう、と膣が締まった。
知覚する筆の滑らかな柄。
私は痛みと快感が脳裏で爆ぜる光を見た気がした。

「どうだ?おれの筆の味は」
「ふぁっ!んっ、あっ、あぁ!」

残された僅かな柄を掴んだ政宗は、殆ど乱暴に私の中を筆で掻き回す。
だが、御預けを受けていた私にとってはそんな愛撫さえ快感に直結した。
緩んだ入り口を行き来する筆の滑らかな動きに突き入れの際逆毛で内部を刺激する毛先。
そして悪どく笑う政宗の表情に目眩がした。
私は言葉を覚えたての子供のように、政宗、ああ、きもちいい、と繰り返す。
他の男ではこんなことは起こり得ないのに、政宗の前ばかりは演技も忘れて政宗の愛撫を甘受してしまう。
それでも貪欲な体にはもの足りず、気付けば私は自分で自分の胸をもみしだいていた。

「盛りのついた猫以下だな。そんなに気持ちいいか?」
「ぁあ、っ、んっ、きもち、い、もっと・・・ふぁ、いっぱいっ・・・まさ、むねっ・・・いぃよ、ぉっ・・・!」

肌が泡立つ感覚。絶頂の兆し。
理性ある言葉などなく喘げば、政宗はふと動きを止めた。
あまりに無情なそれに、私はすがるように政宗を見る。涙で政宗が滲んでしまう。けれど政宗が薄く笑っていることだけはわかった。
そして支えを失った筆だったが、私の淫らな器がそれを離さず筆はまだ私の中心を串刺しにしている。酷く濡れぼそった筆の柄は艶かしく濡れて牝の臭いを放っていた。

「まさ、む、ね・・・?」
「飽きた。自分でやれ」

そのあんまりな宣告に私は泣きわめきそうになる。
あと少しで絶頂に、政宗の手でイけると思ったのに!

「ま、政宗っ」

甘えると言うより懇願するに近い声音を上げれば、政宗はにぃたり笑う。

「ほら早くしな。時間もそんなに残ってないぜ?」

政宗が私を買った時間は大体四時間。あと一時間と少しほどしかない。
私は我を忘れて「お願いっ!」と泣きじゃくりながら懇願するが、政宗はにやにやと意地悪く笑ったまま動くことはなかった。
私にはもう何かを考える余裕など残されてはおらず、すぐに恥も外聞も溝に棄てて政宗の筆を震える指先でなんとか掴む。
ふとそこに、政宗の温度が残っている気がして無償に泣きたくなった。

「政宗っ、政宗ぇ・・・きもち、い、い・・・政宗ぇ・・・!」

私は馬鹿だ。
政宗は誰も愛さないのに。
遊女が客に愛を請うだなんて。
非生産的で先がない。
まぐわう熱も、その指先の体温さえ知らぬのに、私はこんなにも政宗に焦がれている。
私は惨めな思考を打ち消すように、一心不乱に政宗の筆で自慰をする。
ただ静かに私を見る政宗の視線に晒されて、熱くなる心臓に呼吸もままならなかった。
あの隻眼に射殺される。
それだけでまた愛しく思う。
いっそ本当に殺されてしまいたい。
あなたが触れてくれるなら、あなたの熱が知れるなら、それはとても、幸せな事だと思えるから。

「ひぁ・・・だめっ・・・ひ、ん・・・もっ・・・まさ、むね!・・・ゃら、ぁ・・・あっ・・・ひっ、ふぁあぁぁっ!!!」

知らず知らずに早くなっていた腕の動きに感極まり、背筋をかけ上がる痛みにも似た快感に私の背は弓なりになって戦慄いた。
脳裏にはぜる白い光を感じながら、はしたなくも失禁に近い潮を漏らして私はそのまま布団の上に倒れ込む。
肩で荒い呼吸を繰り返し、絶頂の余韻に肉が震えて痺れるような感覚に吐息が漏れた。心地よい倦怠感。火照った体には冷えた室温が丁度よかった。

「ん・・・ま、さ・・・むね・・・」

まどろむ意識で名を呼べば、彼かが優しく微笑んで、私に小さく何かを告げた。

それはきっと都合の良い幻覚である。
彼は私にさえ触れてくれないのだ。
眠る私を横目に、政宗は恐らく画を描くだろう。
鋭く突き刺さる視線で、私の痴態を嘲笑うのだ。

それでも私は、この男に焦がれるのだろう。
救えないと自嘲して、私はゆっくり瞼を閉ざした。






奇形の春


タイトルクリックで続きます。




title by ルナリア