俺の名を呼びながら一心に自慰にふけるの瞳は熱に浮かされ潤んでいた。
この女は何を思うのだろう。
爪先でさえ触れることのない男の名を呼び、乱れ、色付き、快楽を追いかける。
涙と涎に濡れた表情が、いつも俺を惹き付けてやまない。
女など触れぬくせに、何故だかどうしてにはなにかしらしたくなる。
絶頂の予感に戦慄くの喉が、震えたその瞬間堪らない激情が身を包んだ。
あの柔らかな曲線に牙を立て、処女のような赤い血を流してやりたい。
絶世の美女でもない、どこにでもいるようなしがない遊女。
それなのに、俺はから目が離せなかった。
「ひぁ・・・だめっ・・・ひ、ん・・・もっ・・・まさ、むね!・・・ゃら、ぁ・・・あっ・・・ひっ、ふぁあぁぁっ!!!」
断末魔のように高らかな嬌声を上げ、同時に潮を噴いたは快感の余韻に体を戦慄かせて布団に倒れ込んだ。
汗や何やらで黒い髪が素肌に張り付き、陽の目を拝めない白い肌を縁取る。丸みのある肌の曲線は余計に露になり、の肢体を官能的に彩った。
暫く肩で荒い呼吸を繰り返したは、上気した頬に虚ろな瞳で小さく舌足らずな様子で俺の名を呼ぶ。
幼い子供が親に誉めてくれと言うような、どこか期待に満ちた瞳に愛しさが沸いた。
「、綺麗だ」
思わずついて出た言葉は引き戻すことは叶わない。
内心焦りながらも笑みを崩せずにいれば、は泣き出しそうなひしゃげた笑みを俺に返し、そのまま気だるい心地に飲まれて眠りに落ちた。
「?」
帰ってくる返答はすぅすぅと響く小さな寝息。
俺はそっとの傍へより、汗で額に張り付いた髪を掻き分けてやる。
一瞬身動ぎしただが、目を覚ますことはなかった。
「綺麗だ」
筆を取る。
真っ白の紙の上に隅で細い線を連ねて行く。
長くたゆたう黒い髪。甘い輪郭線。影を落とす睫毛。柔らかそうな唇。そして、涙の跡。
は綺麗だ。
俺の知る限り、世界で一番美しい。
なのに俺は、それを伝える術を知らない。
それを伝えるための言葉を知らない。
ただ穏やかに眠るに、俺はもう一度綺麗だ、と呟く。
は、目覚めない。
***
「いやぁ相変わらず竜の旦那の春画は生唾もんだね!」
「うるせぇなぁとっとと金置いて失せろ」
あれやこれやと吟味する北条書店の商い人佐助は相好崩して春画を食い入るように見る。
相対する政宗は気だるげな様子で煙管の紫煙を吹き上げた。
「ああやだやだ、書いてる人は如何ともしがたいねぇ。まぁいいけど!これお代ね」
「まて馬鹿猿。そっちの絵は売りもんじゃねぇ」
は?と首をかしげる佐助の腕から政宗は何枚か画を奪い去る。
佐助の悲鳴を聞きながらも、政宗はすぐにそれを机にしまい込んだ。
「そりゃないぜ竜の旦那ぁ!!あんないい画を売らないなんてあんた馬鹿か!?」
「いくら積まれてもあれは売らねぇ」
「殺生な!ねぇならせめてもう一回見せてよ!」
「断る」
佐助の懇願を斬って捨てた政宗は、一度煙管を置いて筆を取る右手の指で、右端の名を撫でる。
「・・・」
「ねぇ竜の旦那ぁー」
の姿絵や春画は何度も描いた。だが、いまだに一枚も売っていない。
背後に聞こえる佐助の不満げな舌打ちを聞きながら、政宗はもう一度指先を動かした。
「・・・」
「ん、」
ゆるく目を見開く。
体に残る倦怠感に、先程までの記憶が蘇った。
「まさむね?」
答えはない。
あるはずはない。
綺麗に片された部屋は非とが射た形跡は薄い。
随分前に帰ったのだろう。
辛くはない、いつもと同じだ。
汗にべたつく肌をなで、は早い湯あみに取りかかろうと部屋でれば、丁度店を統括する女将に鉢合った。
「あらやだ、あんた今まで寝てたかい!?」
「ごめんなさい」
「責めちゃあいないよ。でも、伊達も若旦那の見送りをしないなんてあんたくらいだよ、皆必死に引き留めるのにあんたと来たら淡白だねぇ」
「そう、かな」
他の女は見送りを許されるのかと思うと少し悲しい。
自分には別れの言葉も次の約束もない。
唐突に自分の前に現れて、気づいたときにはもう居ない。
ふたりの関係は、淡白と言うより何もないにも近かった。
つんと痺れる鼻の痛み。
は逃げるように湯殿へ駆けた。
「?」
「湯殿。寝汗かいたから」
そうして廊下を曲がって消えていく後ろ姿に女将ははぁと苦笑いを飛ばす。
「どっちも焦れったい上に馬鹿だねぇ」
他の遊女には手を出さない。
政宗が淫らな遊びをするのはだけだ。
他の男の名を呼ばない。
が真実身を委ねるのは政宗だけだ。
お互い想っているくせに、なかなかどうして進展しない。
まだまだ続きそうな二人の苦い会瀬に女将はどうしたものかと凝り固まった肩を解して二度目の苦笑を溢すのだった。
この女は何を思うのだろう。
爪先でさえ触れることのない男の名を呼び、乱れ、色付き、快楽を追いかける。
涙と涎に濡れた表情が、いつも俺を惹き付けてやまない。
女など触れぬくせに、何故だかどうしてにはなにかしらしたくなる。
絶頂の予感に戦慄くの喉が、震えたその瞬間堪らない激情が身を包んだ。
あの柔らかな曲線に牙を立て、処女のような赤い血を流してやりたい。
絶世の美女でもない、どこにでもいるようなしがない遊女。
それなのに、俺はから目が離せなかった。
「ひぁ・・・だめっ・・・ひ、ん・・・もっ・・・まさ、むね!・・・ゃら、ぁ・・・あっ・・・ひっ、ふぁあぁぁっ!!!」
断末魔のように高らかな嬌声を上げ、同時に潮を噴いたは快感の余韻に体を戦慄かせて布団に倒れ込んだ。
汗や何やらで黒い髪が素肌に張り付き、陽の目を拝めない白い肌を縁取る。丸みのある肌の曲線は余計に露になり、の肢体を官能的に彩った。
暫く肩で荒い呼吸を繰り返したは、上気した頬に虚ろな瞳で小さく舌足らずな様子で俺の名を呼ぶ。
幼い子供が親に誉めてくれと言うような、どこか期待に満ちた瞳に愛しさが沸いた。
「、綺麗だ」
思わずついて出た言葉は引き戻すことは叶わない。
内心焦りながらも笑みを崩せずにいれば、は泣き出しそうなひしゃげた笑みを俺に返し、そのまま気だるい心地に飲まれて眠りに落ちた。
「?」
帰ってくる返答はすぅすぅと響く小さな寝息。
俺はそっとの傍へより、汗で額に張り付いた髪を掻き分けてやる。
一瞬身動ぎしただが、目を覚ますことはなかった。
「綺麗だ」
筆を取る。
真っ白の紙の上に隅で細い線を連ねて行く。
長くたゆたう黒い髪。甘い輪郭線。影を落とす睫毛。柔らかそうな唇。そして、涙の跡。
は綺麗だ。
俺の知る限り、世界で一番美しい。
なのに俺は、それを伝える術を知らない。
それを伝えるための言葉を知らない。
ただ穏やかに眠るに、俺はもう一度綺麗だ、と呟く。
は、目覚めない。
***
「いやぁ相変わらず竜の旦那の春画は生唾もんだね!」
「うるせぇなぁとっとと金置いて失せろ」
あれやこれやと吟味する北条書店の商い人佐助は相好崩して春画を食い入るように見る。
相対する政宗は気だるげな様子で煙管の紫煙を吹き上げた。
「ああやだやだ、書いてる人は如何ともしがたいねぇ。まぁいいけど!これお代ね」
「まて馬鹿猿。そっちの絵は売りもんじゃねぇ」
は?と首をかしげる佐助の腕から政宗は何枚か画を奪い去る。
佐助の悲鳴を聞きながらも、政宗はすぐにそれを机にしまい込んだ。
「そりゃないぜ竜の旦那ぁ!!あんないい画を売らないなんてあんた馬鹿か!?」
「いくら積まれてもあれは売らねぇ」
「殺生な!ねぇならせめてもう一回見せてよ!」
「断る」
佐助の懇願を斬って捨てた政宗は、一度煙管を置いて筆を取る右手の指で、右端の名を撫でる。
「・・・」
「ねぇ竜の旦那ぁー」
の姿絵や春画は何度も描いた。だが、いまだに一枚も売っていない。
背後に聞こえる佐助の不満げな舌打ちを聞きながら、政宗はもう一度指先を動かした。
「・・・」
「ん、」
ゆるく目を見開く。
体に残る倦怠感に、先程までの記憶が蘇った。
「まさむね?」
答えはない。
あるはずはない。
綺麗に片された部屋は非とが射た形跡は薄い。
随分前に帰ったのだろう。
辛くはない、いつもと同じだ。
汗にべたつく肌をなで、は早い湯あみに取りかかろうと部屋でれば、丁度店を統括する女将に鉢合った。
「あらやだ、あんた今まで寝てたかい!?」
「ごめんなさい」
「責めちゃあいないよ。でも、伊達も若旦那の見送りをしないなんてあんたくらいだよ、皆必死に引き留めるのにあんたと来たら淡白だねぇ」
「そう、かな」
他の女は見送りを許されるのかと思うと少し悲しい。
自分には別れの言葉も次の約束もない。
唐突に自分の前に現れて、気づいたときにはもう居ない。
ふたりの関係は、淡白と言うより何もないにも近かった。
つんと痺れる鼻の痛み。
は逃げるように湯殿へ駆けた。
「?」
「湯殿。寝汗かいたから」
そうして廊下を曲がって消えていく後ろ姿に女将ははぁと苦笑いを飛ばす。
「どっちも焦れったい上に馬鹿だねぇ」
他の遊女には手を出さない。
政宗が淫らな遊びをするのはだけだ。
他の男の名を呼ばない。
が真実身を委ねるのは政宗だけだ。
お互い想っているくせに、なかなかどうして進展しない。
まだまだ続きそうな二人の苦い会瀬に女将はどうしたものかと凝り固まった肩を解して二度目の苦笑を溢すのだった。
奇形の春
title by ルナリア