甘い夢を見ている心地だった。いつかテレビで見たミルク風呂を思わせるような。白く柔らかな夢の底では漂う。永遠に醒めないような夢の中で、白い花弁の香りに包まれては眠り続ける。

その眠りを破る声は、残念ながら白馬の王子でもなんでもなかった。

が目を覚ました時すでに両手足は荒縄で結ばれており、洞窟のような場所で茣蓙一枚敷かれただけの冷たく硬い場所に寝かされていた。村人たちに見つかってしまったのだろう。殺されると覚悟したはなんとか誠一郎だけは無実だと伝えようとしたが、洞窟にやってきたのは櫛で梳かしていないだろうぼろぼろの髪に擦り切れた襤褸と獣の皮の羽織を纏う猟師のような男だった。
村人ではない見覚えのない風貌に、は嫌な予感に肝が冷える。

「よう嬢ちゃん。目が覚めたみてぇだな」
「あ、あの。あなたは・・・」
「名前なんてどうでもいいだろ?それより、親分が帰ってくるまで楽しまねぇか?」

にたりと笑う男の並びの悪い歯は黄ばみ、漏れる口臭は酒の匂いを帯びている。思わず顔を背けたに男は楽しそうに卑下な笑い声を上げての細い肩に掴みかかった。
犯される。
常識に疎いだとしてもそれくらいはわかる。反響する洞窟の中で精一杯は喉を震わせた。

「いやぁあああ!!誠一郎さん!!誠一郎さん助けて!!」

その人がを助けるために命を張ってく村人たちを引き離してくれた。それなのにはまたも誠一郎の足を引っ張っている。悔しさと恐怖で頭の中がぐちゃぐちゃになりながらは必死に叫ぶ。

「おい、何してる」

洞窟の外から響く低い声に男の手が止まる。は叫ぶのをやめて助けが来たのかと洞窟の外に視線を定めた。やってきたのは男と同じような風体の男だ。もうダメかもしれない。そう覚悟を決めるを他所に、あとから現れた男はに伸し掛る男を殴りつけ唾を吐いた。

「この女は京に売るっつっただろ」
「けど親分!!」
「こんな女めったにいない。せっかくの商品の価値を下げてどうするつもりだ馬鹿野郎」

二人の会話には身を縮めて恐怖に震える。捕食される草食獣のようなの姿に男は笑い、安心しろ、と歪んだ笑みで男を外に放り出した。

「あ、あの、」
「なんだ?」
「きょうに、売るって・・・私を、ですか?」
「お前以外に何を売るってんだ。よかったな、別嬪のおかげで生き長らえられて」
「じ、人権侵害です。こんな、離してください。私、行かなくちゃ。誠一郎さんがっ」

男はの言葉には耳を貸さず、懐から取り出した煙管に火を点け煙を吐く。外からくる風に流され煙はの喉を痛めつけた。咳き込むに男は楽しそうに笑い、先ほどの男とは違う、残酷な笑みで肩を揺らす。

「知らねぇよ。そんなもん。落ちてたものを拾って売る。当然のことだろ?命あるだけ儲けもんだ。おとなしくしてりゃあ悪いようにはしねぇさ」

は恐怖に震えながら生唾を飲み下す。
どうやらここは、のなけなしの常識が通用する世界ではない。そんな気がしてならないのだった。






もっとうまく歩いていけるようになりたかった