「誠一郎。お前、結局を抱かなかったのか」 確信の籠った言い方に、肝が冷えた。 男親とはいえ18の息子に聞く内容だろうかと誠一郎は一瞬考えをめぐらせる。 だが、この閉鎖的な村での普通など世間一般の普通とは天と地程の差がある訳で、考えるだけ無駄だろうという結論に至った。 誠一郎はゆるく溜息を零しながら、短く「ああ」と返答を返す。 「そうか、なら、よかった」 「よかった?」 数か月前までは早くしろ早くしろとせっついていた親だったはず。 激変した態度に誠一郎は不穏な臭いを感じ取る。 「親父?」 凄む声音で父親を見つめる。 やれやれと溜息をついた父は、誠一郎に座れ、と合図した。 「前々からな、話は上がってたんだ。この辺りの都市化計画ってやつだな。隣の街を繁栄させるにはうちみたいな陰険な村が邪魔だそうだ。そりゃあうちには温泉源もねぇし人も少ない。あるのは先祖代々継いできた土地と巫女だけ。土地は特別肥えてるわけじゃねぇし巫女だってこの土地を出ちまえば無意味だ。人口もだいぶ減ってきた。頭の固い老人どもも、殆ど動けないしあとはもう弱っていくだけだ」 「親父」 「まぁ、俺だって親父や爺様たちへの恩とかそういうのもある。もちろんこの土地にだって思い入れがある。俺だってここで今まで育ってきたんだ。そう簡単にはいと言うつもりなんてなかったけどよ。いい機会かもしれないと思ったんだ。お前も大学に進学するし。な?いい機会だろう?お前もそう思うだろう?」 「親父、なぁ、何を、言ってるんだよ」 わかっている。 なんとなく、察しがついてしまっている。 だから、聞きたくない。 「村での会合は何度もした。ほとんどの住人も納得させた。誠一郎。お前は若い。未来がある。だから俺は、お前にこんな陰気な村で一生過ごして欲しくない。親として、もっと華々しい人生を歩んで欲しいんだ。だから」 だから、だから。だから? 「春になったらこの一帯は市に売却される。ダムも作ることが決定してるんだ。雪が降る前に、みんな他所の街に引っ越すことになる」 「それは、じゃあ。は、どうなるんだ?」 土地神の依代である巫女は村を離れる事が許されない。 の母親が村を出た時の物々しさは今でも語り継がれるくらいだ。 もっと古い巫女なんて、脱走しようとしたところを捉えられて死ぬまで監禁されたなんて話がザラにある。 今は平成。人は昔よりずっと賢くなった。 だがここは辺境の小さな村だ。古い掟が生きる治外法権がのさばる場所。 善も悪もここはずっと昔から変わらないし、罰することも厭わない。 「ああ、あいつは残す。依代を移すことはできない。あいつはこの土地と一緒に死んでもらうことになるだろうなぁ」 こともなげに言う父親の言葉に、誠一郎の頭は真っ白になった。 その言葉は、想像よりもずっと酷いことだった。 つまり、は、この村と一緒にダムの底に沈めというのか。 脈々と受け継がれてきた、巫女なんていう大層な血の為に、死ねと、言うのか。 「どうして」 絞り出した声に、父親は不思議そうに小首を傾げるだけだった。 「どうして、って。あいつは神様の一部だ。連れて行くほうが酷いってもんだろう?」 |