「ご、ごめんなさい誠一郎さん」
「そう思うなら拾ってくるなよ」
「だって・・・」
「・・・はぁ、悪かった。もういいから」

台所の隅でそう会話するふたりを盗み見る。
歳若のふたりは小十郎からみれば立派な夫婦だった。
誠一郎は梵天丸と小十郎を疎ましく思っている様子であるし、小十郎はこの手を使うほかないと腹をくくった。
人道に反する卑怯であるとはわかっているが、時間はあまりない。なりふり構ってはいられなかった。

「誠一郎殿、と申されたな」
「あ?」

梵天丸はその隙にの足元にすり寄り今日の飯は何だと可愛らしく問いかけている。
子供らしい、じつに満ちて潤った梵天丸の心を見ると、本当に自分のなすべきことが正しいのかなどわからなくなりそうだった。
だが、小十郎は武士で、伊達に使える人間だ。

「貴殿に頼みがある。どうが、梵天丸様とあの娘を引き離してはもらえないだろうか?」
「・・・は?」

怪訝に表情を歪める誠一郎。端正な顔は歪つに眉を寄せる。
誰も寄せ付けない。自室の隅でこちらを睨んだ病み上がりの梵天丸が重なる。
小十郎は必死に奥歯を噛みしめ、平静を装い言葉の続きを紡ぐ。

「梵天丸様は、さる名家の御方。このような場所におられる方ではない」
「そいつを連れて帰るのはあんたの仕事だろう?どうして俺にやらせようとする」
「・・・俺の目が節穴でなければ、あんたはあの娘を好いているんだろう?梵天丸様を、邪魔と思ってはいないか?」

途端、誠一郎の表情が怒りに染まった。

「俺は!!村の奴らの様な卑怯な手は使わない!!」

思わぬ反応に一瞬口を閉じる小十郎。
梵天丸との視線が誠一郎へ向けられる。誠一郎は、悪い、と風が吹き抜けるような小さな声でそうつぶやくとそのまま力なくの家を出ていった。

「誠一郎さん?」
「悪い、籠は、また今度取りに来るから」
「うん・・・ごはん、食べていかないの?」
「ああ、悪い」

再三重ねられた謝罪には口を噤む。
寂しげに遠ざかる背に、小十郎の良心も幾許か痛んだ。
はと不審に思いながらも食事の用意を始める様子だった。
誠一郎が持ってきた野菜は丸々と太った大根と形の良い白菜。それとはんぺんなどの練り物もある。

「最近寒いもんね。今度、誠一郎さんと一緒におでんしようか」
「おでん?」
「大根とか、ちくわとかの練り物をおだしで煮るんだよ。今度になっちゃうけどいい?」
「ああ、の飯はみんなうまいからな、たのしみだ!」

いぶかしむ視線で小十郎を見つめていた梵天丸だったが、意識はすぐにへと戻る。
ぱっと笑う梵天丸に小十郎はどうしたものかとひとり考え込むしかない。
あまり長く城を開けてはますますもって梵天丸死亡説が濃厚になる。梵天丸は今ここに生きており、そして伊達の嫡子であることは間違いがないというのに。
それに、小十郎は元いた時代への帰り方がわからない。
もう少し検証が必要だ。
もし、もしも。
このままこの時代に居座ることになったら・・・

(それが、神が梵天丸様にお与えになった道だというのか?)

答えはない。
頭を振り、一時思考を断ち切った小十郎はを観察することにした。
潔白が晴れても食事に毒などがもられないかと調べてしまうのが仕事がらだ。
しかし、の食事どころに小十郎はひとつ違和感を覚えた。
ここの食卓には生ものが並ばない。
冷蔵庫なるカラクリで食糧の保存ができることが分かっているが、の作る食卓は贅沢ではあるが肉と魚が並ぶことはない。
閉鎖感漂うこの村の中で、の存在はどこか異質だった。
外界から切り離された様に暮らすのおぼろげな存在を、小十郎は直感的に感じ取っていた。
恐らく彼女は巫女などの立場にいるのかもしれない。
小十郎はふとそんな事を考えながら、の調理する姿を見つめるのだった。






箱舟定員オーバー