「梵天丸どうしたのー?」 例の一件以来村の子供たちの大将になった梵天丸。その浮かない顔に直義たちは心配げに眉を下げる。 はじめは喧嘩になったものの、今やすっかり友達だ。 身分を気にされず平等であれる友人は今まで時宗丸ひとりだったので梵天丸は彼らをいたく気に入っている。 「家から使いが来た。無理矢理連れて帰られるかもしれない」 「え、じゃあ梵天丸どこかいっちゃうの?」 「やだ!!おれたちもっと梵天丸といたいもん!!」 向こうでは散々鬼やもののけと忌み嫌われ、早く死ねとばかりに毒を盛られ、誰からも必要とされなかったがここではどうだ? も、子供たちも、梵天丸を嫌わないでいてくれる。 「俺も、帰りたくない。帰らない」 「ほんと?やったー!」 「じゃああそぼう!今日はなにする?」 子供たちの輪の中に立ち、梵天丸はニヤリと笑った。 「今日は鬼事だ!」 「なにそれ?」 「おいかけっこだ」 「鬼ごっこか!じゃあじゃんけんしよー!」 じゃーんけーん、と響く子供たちの声が高く響き、梵天丸は一時の逃避に小十郎を忘れることにした。 *** 夕方、橙色に滲む太陽が沈みかける頃、山村一帯に響く歪な鐘の音。 子供たちはいつもそれを合図に家路につく。 「梵天丸ばいばーい!」 「ああ」 駆けていく直義たちを見送りながら、梵天丸はどうしたものかと溜め息をつく。 帰れば小十郎の小言があるだろうと思うと、足が重い。 「なにしてんだ。梵」 「誠一」 ふと声がする方を見返せば、誠一郎が野菜の入った篭を抱えて立っていた。 今からの家に行くのだろうか。 「は一緒じゃないのか?」 今までずっと側に居たがいないことに誠一郎は少し驚いた。 お互いベッタリだったが、今日はそうでもないのだろうか。 「家にいる」 「お前も帰るぞ。熊が出る」 嫌だと言うよりも先に誠一郎は梵天丸の襟首を無理矢理掴む。 暴れる梵天丸だったが数分もしないうちに大人しく歩き始めた。 「と喧嘩でもしたか?」 「違う」 「へぇ、じゃあなに拗ねてんだよ」 「拗ねてない!」 「その割にはテンション低いな」 「てんしょんってなんだ」 「・・・気分?って意味の英語」 てんしょん、と呟く梵天丸ははぁと子供らしからぬ溜め息をつく。 「俺、と海の向こうに行きたい。誰にも見つからないように、南蛮に行きたい」 「言葉がわかんねぇと苦労するから、国内にしろよ」 「でも、陸地続きだと見つかるだろ?」 一体何から逃げる気なのか。 誠一郎はぼんやりと考えながら梵天丸の歩調に会わせて進む。 「そうだな。お前、あいつを連れ出してやってくれよ」 「誠一も行くか?言葉、わかるんだろ?」 不意にこぼれた言葉に梵天丸は深く気を止めることなくあどけなく旅路に誘う。 誠一郎は苦笑して梵天丸の髪を乱暴に撫でた。 「学校あるから無理。英語の教科書、今度持ってってやるよ」 「せっかく俺の家来にしてやろうと思ったのに」 「No thankyou」 「のー?」 「結構です、て意味だ」 軽くむくれる梵天丸を背を急かしながらの家へと向かう。 存外自分がこの子供を嫌いではないことを知るとなにやら胸がくすぐったい。 弟とは、こんなものなのかもしれない。 「ただいまー」 梵天丸がの家の戸を開ける。 味噌汁と、ジャガイモを蒸かす甘い匂いに腹の虫が鳴る。 「、野菜もってき」 梵天丸に続き勝手知ったる他人の家を上がり込み、馴れた調子で台所に向かうが誠一郎は思わず言葉を飲み込んだ。 「だ、誰だ」 オールバックに鋭い眼光。見慣れぬ袴に、刀を下げている。 「あ、この人片倉さん。梵ちゃんのお世話係りの人なの」 「おい、こいつは?」 「さっき説明した誠一郎さんです」 「おい、梵天・・・」 「俺の目付の小十郎だ」 訳がわからない。 一人頭を抱える誠一郎は「また増えやがった・・・!」と忌々しげに呟くのだった。 |