山中を一回り。二回り目では体力の限界を訴え、三回り目にして梵天丸がわかっただろう、と小十郎を諌めた。
今は所を変わりの家。
小十郎は少し珍しそうに見回したものの、分別をもってが入れた湯飲みを受け取った。

「すまねぇな。疑ったりして」
「いえ、」

謝るわりに顔が怖い。
地顔かもしれないが、怖い。
梵天丸は特に気にせず小十郎の膝に座り茶請けの饅頭を食べている。
はじめは甘えるというか梵天丸のひどく砕けた様子に驚いていた小十郎だが、今はもう気にならないようだ。

「梵天丸様がお隠れになって、一月が過ぎました。今やもうみなお亡くなりになられたと思って」
「そうか」

梵天丸の声音は特に沈むことはなく、もぐもぐと饅頭を咀嚼している。
は梵天丸にも小さな湯飲みを渡し、熱いから気を付けて、と柔らかく笑った。
小十郎はその笑みを見つめながら、確かに悪い娘ではないのだろうて茶を飲む。
粗茶というが、なかなか美味い。しかし

「一刻も早く戻り、輝宗様を御安心させなければ。梵天丸様は伊達家の嫡子ですぞ」
「その嫡子は母親直々に捨てられたわけだが」

鋭い返答に小十郎は息を飲む。

「あの人は俺を捨てた。要らないんだ。だから帰らない。俺の代わりくらいまたできるだろ。できなければ時宗丸でも養子にするはずだ。あいつはなかなか腕が立つ」

あの人、と呼んだ声音の冷たさに小十郎は口内に広がる苦味に表情を歪めた。

「伊達の子は梵天丸様ただお一人、そのようなことはっ」
「だが俺を探しているのはお前一人だろう!?誰も俺を必要としていないじゃないか!!」
「梵天丸様!!」

勢い良く立ち上がった梵天丸はそのまま外へ飛び出し駆け出す。
後を追おうとする小十郎の袖を引いたのはだった。
細い指先を振り払うことは容易い。だが、そうさせない透明な瞳に小十郎は一瞬それを躊躇する。

「梵ちゃんなら直義君たちのところにいったと思います。この村の子供たちの所です。皆、梵ちゃんの友達だから大丈夫です」
「だからと言って梵天丸様を一人にするわけにはいかねぇんだ。離せ」
「ここは、梵ちゃんのいた所よりよっぽど安全です」

の強い眼差し。
彼女がなにかを言いたいことは明白で、小十郎は立ち上がりかけた腰を下ろし正しく座り直す。

「改めて挨拶しましょうか。私、って言います。今まで、梵ちゃんの家族として一緒に暮らしてきました」
「片倉小十郎景綱だ。伊達家当主輝宗様より梵天丸様の守役を命じられている。梵天丸様一の家臣だ」

ぴりぴりと肌を指す空気にどちらとも表情は固く、雰囲気は重い。

「私は、梵ちゃんがどこに住んでいて、どんな生活をしていて、どんな両親に育てられたのか。あまり、詳しく聞いていません。でも、梵ちゃんの立場とか、あるべき姿とかは、なんとなくだけどわかっているつもりです。梵ちゃんは、どうやってでも帰るべきだと思います。それが梵ちゃんが伊達家での存在意義だから」
「なら」
「でも、梵ちゃんがそれを望まないなら。拒むなら。私はあの子を返すつもりはありません。家族として、あのこの幸せを願うから。針の筵のような場所へ返すのは、嫌です。絶対に」

そして横たわる重苦しい沈黙に、どちらともなく息を潜める。
小十郎は梵天丸がどんな生活をしていたかを知っている。
その側に居て、梵天丸様を守り、強く育てるのが小十郎の役目だ。
はなにも知らない。
ただ一部を聞いたに過ぎない。
それでも家族として、小十郎よりも近く、深く、梵天丸の心に触れたのはわかった。
武士としてと人としてでは選ぶ答えは大いに変わる。
それくらいわかっているしどちらが梵天丸の幸福を願っているかもわかる。
しかし違うのだ。
ふたりの価値観と、生きる時代が。

「梵天丸様は連れて帰る。梵天丸様はここで終わる方じゃねぇ」
「どうやって、帰るんですか」
「捜す」

はぁ、と漏れる吐息。
お互いの決意は固いが先に折り合いをつけたのはだった。

「私は、梵ちゃんが望む答えを、望みます」






これが最後の天国