「長政様、前方にて影が」 「ぬっ、我らの進軍を邪魔立てするか。一体どこのものだ」 「旗印は丸に二引き、駿河の今川かと・・・」 部下の言葉に長政は市とへと目配せし、兵全体へと振り返った。 「理の兵たちよ!前方に他軍の影があるが無益な殺生は悪である!!今しばらくここに待て!!市、殿をしっかりと守るのだ」 「はい・・・長政様」 市の返事と共に長政は単騎で先駆ける。そのあとを数名が馬で追う。その姿には何が起こるのかと不安に市へと身を寄せた。 「市ちゃん・・・一体何が起こるの?」 「大丈夫よ、。長政様がついてるもの」 一方、長政は今川軍の前に到着する。 戦場に似つかわしい豪奢な輿を連れる一軍に眉を潜めた。 「我が名は浅井備前守長政!我が軍の進行を邪魔立てするとは何事か!輿より降りて面を見せよ!!」 「そこの者、無礼でおじゃ〜。まろを誰と心得る!」 輿の中から響く高い声。 周りの兵たちが恭しく輿を下ろすと、中からは派手な出で立ちに白粉に顔を染めた細身の男が現れる。 「ほっほっほ、ようここまで参った、苦しゅうない!まろこそが今川義元でおじゃるよ、にょほほほほ 。苦しゅうないぞよ、ほっほっほっほっほっほっほ」 「何のつもりかは知らぬが、我が軍の邪魔立てするとあらば悪である!!即刻この場を立ち退くがよい!!」 「そうは問屋がおろさぬおじゃよ!まろの素晴らしい情報収集の結果、そちが満月の乙女を連れているのはわかっているおじゃー!」 「満月の、乙女?」 一体何のことだと首を捻る。 部下が何か進言する前に、はっと長政は顔を上げた。 「きききき貴様!!まさか私の市を狙っているのか!?」 「それもいいおじゃね〜!まろも可愛い嫁さん欲しかった所おじゃ」 「人の妻に色情を抱くとは・・・!!無言即殺!!削除である!!」 「なにするでおじゃー!!みなのもの!まろを守るのじゃ!まろを守るのじゃー!!」 今川の一声に足軽たちが一斉に飛び出してくる。 しかし多勢に無勢。いくら長政が婆娑羅者とは言え味方の数少ない兵を守りながら戦うことは容易ではない。 卑怯な!と短い文句を噛み砕き、長政は追いかけてくる雑兵に背を向け自軍へと駆け戻った。 「理の兵たちよ!敵軍は我が妻お市を横奪しようとする悪である!!全力で迎え撃つのだ!!」 「長政様・・・」 「安心しろ、市。お前は私が守って見せる」 「・・・はい・・・」 薄く頬を染める市の横顔には素敵な夫婦だなぁと場違いな程ぼんやりと考えた。 ともあれ、戦国時代というのは誘拐が横行しているのか、恐ろしい時代である吐息を飲む。 固唾を飲むに、市は柔らかく笑いながらの手を握った。 「大丈夫よ、長政様が市を守ってくれる。だから、市がを守るね」 「市ちゃん」 「だって、は市のお友達だもの」 しかしそんな柔らかな空気もしばらくしてあっさりと破壊される。 進軍してきた今川軍の兵は雑兵が多いものの数では多いに勝っている。 浅井軍は最低限の兵しかいない。とても戦ができる数ではない。 前線で駆ける長政の姿に、お市の瞳が不安げに揺れていた。 「市ちゃん・・・」 「大丈夫よ、長政様は、お強いもの。大丈夫・・・大丈夫・・・」 それはまるで自分に言い聞かせる様な声だった。 の頭の中に嫌な予感がよぎる。 もし、長政が殺されてしまったら? 市はどうなる?兵たちは?そして自分は? また誰かに浚われる?どこかに落ちついても、また志村の時の様に周りの全てを傷付けてしまうのではないか? 「たすけて・・・」 は我知らず、小さな声で救いを求めた。 「たすけて・・・信長様っ・・・」 それが、の神の名だった。 |