予想より高い機動性を有していた伊達軍が小田原に参陣したのは達の小隊とほぼ同時刻であった。 伊達は武田を無視して北条攻めを始め、本丸が落ちるのは予想より早いだろうとはのんびりと観察する。 北条には今のところ用はない。の狙いは若虎だけだ。 しかしこのまま邪魔をされては困る。邪魔な独眼竜には奥州にお帰り頂こうと、は手筈通り忍たちを使って情報を散布した。 上杉軍を騙り国境付近で小競り合いを起こす。本隊が国元を空けている状態で軍神に攻められれば流石の伊達軍も無事では済むまい。武田との決戦を望む上杉が伊達の邪魔をする動機はいくらでもあるのだ。情報の真偽を確かめる間もなく、伊達は北条攻めを切り上げ始める。 の目論見通り伊達軍は目的半ばで奥州への帰還を余儀なくされ、かくして武田が北条を落とすことに成功した。 「お膳立てをして差し上げたのだから、褒美はいただかなければね」 北条を落とすべく武田信玄は敵本陣に。真田幸村は城外での伊達軍、北条軍の駆逐を命ぜられている。一軍を率いて別動するとは狙ってくれと言っているも同然だ。は真田隊をさらに本隊から引き離すべく、静かに片手を上げた。 「放て」 銃弾が一斉に真田隊と残っていた伊達軍残党に降り注ぐ。 驚きに見開かれた瞳には思わず胸の奥から熱いものが溢れ出てしまうではないか。 ああ、なんて可愛らしい。 「佐助っ!!」 「くそ!伊達の新手かっ!?旦那っ!!林の中に身を隠せ!!」 隊列を崩したまま転がるように林の中に逃げ込んで行く真田隊。 愚かなことだ。木々の奥は忍の領分。足軽武士など殺すに容易い。 の小隊の足軽たちは、装備を外し忍装束になると次の瞬間には林の奥へと消えていた。 残った騎馬隊は相手を威嚇するべく音を立てて駆け出していく。 「あ、あんた・・・だれだ・・・」 「あら、まだ生きていたの?」 虫の息だがまだ生きている伊達軍残党に、は呆れたように驚いてみせた。 青を基調とした戦装束に、青地に竹と雀の旗印。だが見覚えがない。 当然だろう。は伊達軍などではないのだから。 「でも、あなたが知る必要はないわ」 銃に火を灯し引き金を引く。鉛の弾は骨を砕き、脳髄を撒き散らして息絶えた残党はそのまま沈黙した。 あとは虎を狩るばかりである。 「近衛、林の中では槍はうまく使えないでしょう?忍と虎をできるだけ離して頂戴。私は虎の所へ」 「御意」 そうして近衛も風のように掻き消える。 この地に住まう伝説に勝るとも劣らない忍の技に、は満足げに笑をこぼして愛馬とともに林の中に分けいった。 一方幸村は、木々が密集する狭い林の中で間合いの長い槍を振り回すのは手練でも難しい。 それに相手は縦横無尽に飛び回り、飛び道具を駆使する忍たち。 忌々しげに表情を歪める若虎の姿には蕩けるように笑んでいた。 幸村の忍とも随分距離を離すことが出来たようだ。時折若虎が忍の名を呼んでいるが、姿が現れる様子はない。見えないほど遠くで金属音が鳴り響いている。影の苦戦に幸村の表情は苦々しげに歪んでいた。 当然だ。近衛とてただの忍ではない。一筋縄にはいかないだろう。 真田隊ももう幸村一人だ。 は愛馬に跨ったまま、若虎に向かって狙いを定める。 弩の弓を引き絞り、息を止める。心は風のない水面の冷静に。弓を放ち、矢は真っ直ぐに若虎の右足を射抜いた。 「ぐっ!?」 上手く命中した矢は右太ももを貫き、若虎の白地の戦装束は赤く染められる。 その一瞬の隙に忍たちが襲いかかり、なんとか振り払うが膝をついた若虎は痛みと疲労に脂汗が浮いていた。 心の蔵の煩いくらいのときめきを感じながら、は馬を降りて手負いの虎へとゆっくりと近づく。 「貴、様・・・何者かっ・・・!」 「まぁすごい!喋れるの?即効性の毒を仕込んでいたのだけれども」 手にしていた弩を控えていた忍に渡す。二?目は必要無さそうだ。 名も伝えられぬ古い忍たちが作り上げた毒薬だ。相当な精神力であるが長くは保つまい。 「伊達の、者かっ・・・この幸村、不覚で、ござるっ・・・」 「ゆきむら、ゆきむら。うふふ、私は伊達なんかじゃないわ。自己紹介はあなたの目が覚めてからにしましょう?今は休みなさい。ゆっくり、おやすみ」 とろりと滲むの声と、傷口から全身に回る毒に幸村の意識は濁って薄れて遠くなる。 なんとか二槍だけは離すまいと十の指に渾身の力を込めた幸村だが、やがて混濁する意識を手放し深い眠りに飲み込まれていった。 そのままずるずると体勢を崩し、忍たちに支えられた虎の若子の苦悶の表情に、は満足げに微笑みその長い髪をサラサラと撫でて慈しんでやる。 「目的は達したわ。離脱しましょう。近衛にそう伝えて」 「は」 忍が一人消え、二人の忍が幸村を抱えて移動をはじめる。残りのものでここに真田幸村がいたという痕跡を消し、は悠然と愛馬の元に戻りその逞し背に跨り首筋を撫でた。 「さ、帰りましょう。私のお城へ」 |