大敗と言わずとも若輩の小娘に勝ちを奪われた武田信玄は慎重にならざるを得なかった。
銃と忍を用いた戦法に、一糸乱れのない陣形と情報伝達力。当主の死の直後を狙いながらも混乱は一切なく、まるで児戯のように武田騎馬帯を蹴散らした。
現当主はたった十四の娘だ。敵にしてここまで末恐ろしい相手もいないだろう。
そして先制を仕掛けてしまったからには大人しく和睦に頷くわけにもいかない。
信玄の前に、は天下を阻む壁として高く立ちはだかったのだった。
その武田は現在八方塞がりに近い。
天下を取るには要として北条、は落としておきたい。
今川を織田に奪われた以上ゆっくりはしていられなかった。
かと言って背後をおろそかにすれば上杉、さらには伊達の追随も考えられる。
信玄は焦りを悟られるように軍議を繰り返し、とうとう北条を先に落とすことを決定した。
老将に穏やかな最後を迎えさせてやれないことに多少罪悪感を抱きながら、武田軍は小田原へと進軍を開始した。

「よろしかったのですか?武田に北条を与えても」

忍たちの報告を聞きながら、近衛の問いにはにっこり笑って答えてやる。

「ええ、問題ないわ。確かに北条は要となる場所だけど広く手がかかる。今落とした所ですぐには使えない。むしろ足止めをくらい進軍は大いに遅れるでしょう。私に恐れをなして、判断を誤ったわね、信玄公」

そうして信玄が小田原に手を出す傍らで各地の武将たちも戦を繰り返す。
もまた、頃合とばかりに立ち上がった。

「近衛、出立はどれくらいで出来る?」
「は、三日あれば万事整います」
「では三日後、虎狩に出かけましょう」
「御意」

にたりと笑う近衛は、すべてを理解してその場を去った。
精鋭を集め、早馬で小田原に入る。戦の混乱に乗じては欲しいものを手に入れるのだ。

「ああ、楽しみだわ」

甘く溢れた吐息は、夜半の闇にゆっくりと溶けていった。




彗星の行列