「誰よりも強くなれば言い」と笑った時代が今
幾つもの命を奪った
幾つもの命を奪った
飛び交う怒号と舞う土煙。硝煙の臭いは遠くとも、血の香りは噎せ返る程に濃い。
佐助は緩やかに終結を迎え始めた戦場を横目に捉えつつ、矢のように駆ける足は一向に止めることはなかった。
「旦那っ!」
赤い戦装束は血と泥に汚れ、無惨な色合いでそこにある。
力なく座り込んでいた幸村は、戦場に散らばる大岩に背を預けいた。
佐助の声に気付いたらしく、ふと顔をあげて佐助を視認するや否やにやりと笑った。
「佐助、忍びともあろう者が、そんな顔をしてどうする」
「馬鹿言ってんなよ!くそ、こんなっ・・・」
血まみれだ。
返り血ではない。半分以上はは、幸村の血だ。
肉は裂け腸が飛び出し生きているのが不思議な程だ。肌は青さを通り越し作り物めいて陶器のように白く、どす黒い血の鮮やかさを引き立てせている。
「すぐ本陣に戻るぜ、旦那」
「もうよい、佐助」
「ほら肩を貸して」
「無理だ、」
「旦那!」
「佐助、己のことは、己がよく判る。某はもう駄目だ。死ぬだろう」
穏やかすぎる瞳を覗きこめば、安らぎさえ見てとれて、佐助は忌々しいと言わんばかりに舌を打った。
「あんたはこんな所で死ぬような奴じゃないだろう?大将の上洛を見るんじゃなかったのかよ!」
「無理だ。もう叶わぬ」
「諦めちまうのかよ旦那!」
「すまぬ、佐助」
ふわりと笑う幸村の笑みは、今まで佐助が仕えてきた中で一番弱々しく、悲しい。
どんなに否定したって死はすぐ其処にある。
触れれば崩れ落ちてしまいそうな幸村。佐助は力なくその前に膝を着く。
「旦那っ、ふざけんなよ。忍より先に死ぬ主なんて」
「すまぬ、すまぬ佐助」
「謝るくらいなら生き延びろよっ」
「それは出来そうにない」
口端から溢れる血を拭う気力さえ残されていない幸村は、まるで紅を塗ったように赤い唇で囁くように言葉を洩らす。
佐助はきつく拳を握り、煮え返る激情に胸を焼いた。
そんなことは知りもせず、まるで我関せずと言うような幸村の涼やかな顔。
佐助は、目前にある嘘のような死が受け入れが難く、耐えきれずに瞼を閉ざした。
「佐助、すまぬが、最後の任を頼まれてくれぬか?」
「こんな時まで仕事かよ・・・?」
「頼む、お前にしか頼めぬのだ」
幸村の血塗れの腕が佐助にと伸びる。
震える指先は佐助の衣服に触れると、まるで万力のように布を握りしめた。
最期の一瞬に込められる渾身の力。
幸村の消え行く生を知らしめる様に、内側の業火が最後の命の雫を喰らって燃える。
「佐助、頼む、伝えてくれ。に伝えて欲しいのだ」
「・・・なんだい旦那。俺様はあんたの忍だ。どんな残酷な言葉だって伝えてやるさ」
呆れたように苦笑する、佐助の笑みは力ない。
幸村は一瞬泣きそうに目元を緩ませ、そうしてそっと囁いた。
「佐助、お前は、生きて、を、守れ」
返事を返す間もなく幸村は荒く弱い呼吸を繰り返す。 佐助は死の間際とは思えない、力を込められた幸村の拳に手を重ねた。
その手に幸村は心底安堵するように、睫毛を震わせる。
酷く幼いその表情。それがあまりに穏やかで胸を引き裂く。まだ弁丸と呼ばれた幼子の顔が脳裏を横切った。
「愛している」
緩く瞼が一度瞬き、幸村の唇の血がぬらりと光った。
「愛している。後にも先にも、愛したのはだけだ。何よりもお前が愛しかった。お前の側に居たかった。不甲斐ない俺を許してくれ。、願わくば、再び、またお前と出会えるように願おう。たとえ生まれ変わろうとも、、お前を愛している」
焦点の合わない瞳が揺れる。
掠れゆく意識の中で、の幻影が微笑んだのだろう。
幸村は笑った。
それは酷く、美しかった。
「俺は、先に逝く、お前は、どうか、いきて、しあわせ、に」
ごぼりと血が溢れて幸村の言葉は喉で溺れる。
助けを求めるように空気がひゅうひゅうと虚しく流れ、幸村の拳は糸が切れたように地面に落ちた。
「だんな、」
閉じた瞼だけが
僕の弱さを知ってたんだ
僕の弱さを知ってたんだ