長い冬は終わりを告げて、奥州全土にようやくあたたかな春が芽吹いた。
庭では鶯が春を知らせ、花を啄み恋を謳歌すべく歌を囀ることをやめない。
まだ少し風は冷たいものの、体を温めてしまうほど陽射しは強い。
心地よい微睡は春の所為ではなく、ひとえにの所為だろう。
政宗の頭を膝に乗せ、ほとんど無意識に人の頭を撫でるの指先。
ただひたすらに優しい掌の動きは、どうしようもなく気を許してしまう。
を迎えて数年、奥州には争いはなく、天下も拮抗したまま進展はない。
「」
「政宗さん?どうかした?」
はたと動きを止める指先を絡め取る。
傷のない手だ。血と争いを知らない手だ。
政宗は世界中にこの手を広めたいと思っている。誰もが笑える世を。
血も、争いもない天下を。
「ちちうえーーーー!!!」
二人だけの静寂を破ったのは、どこか舌たらずでまだ幼い子供の声だった。
「ちっ!見つかったか」
「ちちうえずるい!またははうえのことひとりじめして!ははうえはぼくのです!ちちうえのばか!どいて!」
「でっ!!は俺のだっつってんだろクソガキ!父親に向かってなにしやがる!」
襖を力いっぱい押し開いて現れたのは小さな暴君だった。
父譲りの整った目鼻立ち。聡明そうな顔立ちだが、言動はまだ幼い。
五郎八は勢いをつけたまま、両手のもみじで父の頭を力いっぱい母の膝の上型突き飛ばしていた。
「こら。政宗さんも五郎八もめっ。悪い言葉、お母さん嫌いだな」
憤慨した父を無視して母の膝にちょこんと座る小さな子供は、その言葉に酷く狼狽えた。
大好きな母親に嫌われたくない。そうしょぼくれた五郎八は眉毛を八の字に下げて俯く。
「ごめんなさいははうえ」
「お父さんには?」
「えー!なんでちちうえもー!?」
「お父さんも痛かったよ?痛くしちゃったら?」
「・・・ごめんなさい」
いかにも渋々といった風体で謝る姿は可愛らしい。
政宗は打ち付けた個所を撫でながら、やれやれと溜息まじりに五郎八の頭を撫でた。
「しっかし、この奥州筆頭に一撃いれるたぁ、さすが俺の子だ。五郎八」
「あたりまえだよ!だってぼくはうんとつよくなって、ははうえをまもってあげるんだもん!」
胸を張る小さな子供。
は五郎八を胸の中に抱き寄せ、その丸く幼いかんばせを両手で包み込んだ。
「ははうえ?」
「五郎八はね、生まれる前からお母さんのことちゃんと守ってくれてたよ」
「ほんと!?」
「うん。五郎八のおかげで、今お母さんは生きてるんだよ」
あの雨の日の記憶は、きっと一生忘れない。
やさしい力での肩を抱き寄せた政宗は、ここにある確かな二つのぬくもりにそっと吐息を零す。
全身を包み込む陽だまりに、口元が緩んだ。
「そうだ。五郎八のおかげでがいる。今がある。お手柄じゃねーか」
「へへ」
目尻を下げ笑うのは、譲りの仕草だった。
小さな手は政宗の無骨な指を掴み、もう片方の手での柔らかな指を捕まえる。
「ぼく、ちちうえもははうえもだいすきだもん!」
それはなんて無垢で飾らない言葉。
春の日差しのように、心をじんわりと暖める愛息子に、と政宗はつられて相好を崩す。
「私も大好きよ。五郎八」
「俺だって、愛してるさ。、五郎八」
大きな掌が、腕が、世界のようにと五郎八を包みこむ。
あたたかい世界に、幸福の腕に、はそっと囁いた。
「愛してるわ。政宗さん」
おまえが愛とよんだものは
title by シュロ