「幸村ー着替えできた?」
「は、し、暫し待ってくだされっ」
情けない声に苦笑する。
扉の向こうにははじめての洋服に悪戦苦闘する17歳がいると思うとなんだかくすぐったい。
「まだぁ?」
「今参りますゆえ!」
がたたん、と音がしてまたドアノブを横にスライドさせようとしているらしい。
襖しか知らない人の反応とは面白い。
扉の向こうから殿ぉ!と情けない声が聞こえたのでは笑いながらドアを開けてやった。
彼の名前は真田幸村。
戦国時代から来たて言ったこの青年。
主に武田信玄。部下には猿飛佐助を持つ上田城主。と名乗ったのは驚きだったが、話してみれば純粋な好青年だ。
「如何でござろう?」
「ふふ、ボタン、かけ違えてる」
え?と声をあげた幸村の胸元に腕を伸ばしてはボタンを直してやる。
真っ赤になる幸村の表情に苦笑が漏れた。
「幸村顔真っ赤」
「っ、殿が近すぎるんでござるっ・・・」
「普通だよ?これくらい」
かけ間違いのボタンを外し、正しい穴に通していく。
の背は幸村の胸辺りまでしかない。
形のよい丸い頭と右回りの旋毛。
伏せた睫毛は長く、頬は暖かそうな薄紅色。
あまり見ては失礼だと幸村はぎゅっと瞼を閉じるのだが、視覚を失い鋭くなった嗅覚がの甘い香りを感じ取る。
鼻腔をくすぐる芳香。
甘い、甘い、花のような
「幸村?終わったよ?」
「は、もももももも申し訳ありませぬ!!!」
「なんで謝るの」
吹き出して笑うの笑みは無邪気で優しい。平和を体現するように影がない。
幸村の知らぬ笑みだ。
いや、忘れた笑みかもしれない。
「殿は、良き香りがなさいます」
「え?」
「はっ!!」
思わず言葉が勝手に飛び出し、引き戻すことも叶わずの間の抜けた表情に逃げ出したくなる。
自分は何を言っているのだと赤面し、今にも叫び出しそうな幸村などお構いなしには肩を揺らして笑っていた。
「たぶんシャンプーだよ。いまフローラルなやつ使ってるし」
「し、しゃしゃしゃしゃんぷう?」
真似る幸村の声の調子にはまた吹き出して笑う。
聞きなれぬ音は恐らく異国語であろう。脳裏に隻眼の竜が瞬いた。
いやだ
どこか幼い心が叫んでいる。
「・・・異国語は好みませぬ。某にも解るよう仰ってくだされ」
ああ子供のようだ。
ふてくされる自身に嫌気がさす。
は不思議そうに丸い瞳で幸村を見つめ返していた。
「ごめんね幸村、笑ってごめん」「殿は何も悪くござらんだろう」
「でも、嫌な顔してる」
「申し訳ござらん・・・」
「謝らないの」
こつり、とは幸村の胸元に額を合わせる。
髪がなびいてふわりと甘い臭いが香る。幸村はお馴染みの言葉を叫ぶよりその香りに意識を奪われてしまった。
衣類越しに触れた熱に、胸に穴が開いてしまいそうな錯覚を覚える。
この身を燃やす熱は、日だまりのように暖かいのに焼き尽くされてしまいそうだ。
「それに、幸村もすぐ同じ匂いになるよ」
「む?」
「もとの時代に帰れるまで、ずっとここに居たらいいもん。きっと、匂いなんてすぐ一緒になるよ」
とんでもなく的はずれな答えだ。
しかしそれよりも、ずっとここに居てもいい。その言葉だけでどうしようもなく胸がざわついてしまった。
ずっとの傍にいられる。
それだけで、言い表しがたい熱に頬が熱くなった。
「叱ってくだされ、お舘様っ・・・!!」
「あはは、意味わからない」
けらけらと笑うの明るい表情に心が安らぐ。
少しの間、こうして軟弱になるのを許して欲しいと、幸村は心内で信玄に請うのだった。
「は、し、暫し待ってくだされっ」
情けない声に苦笑する。
扉の向こうにははじめての洋服に悪戦苦闘する17歳がいると思うとなんだかくすぐったい。
「まだぁ?」
「今参りますゆえ!」
がたたん、と音がしてまたドアノブを横にスライドさせようとしているらしい。
襖しか知らない人の反応とは面白い。
扉の向こうから殿ぉ!と情けない声が聞こえたのでは笑いながらドアを開けてやった。
彼の名前は真田幸村。
戦国時代から来たて言ったこの青年。
主に武田信玄。部下には猿飛佐助を持つ上田城主。と名乗ったのは驚きだったが、話してみれば純粋な好青年だ。
「如何でござろう?」
「ふふ、ボタン、かけ違えてる」
え?と声をあげた幸村の胸元に腕を伸ばしてはボタンを直してやる。
真っ赤になる幸村の表情に苦笑が漏れた。
「幸村顔真っ赤」
「っ、殿が近すぎるんでござるっ・・・」
「普通だよ?これくらい」
かけ間違いのボタンを外し、正しい穴に通していく。
の背は幸村の胸辺りまでしかない。
形のよい丸い頭と右回りの旋毛。
伏せた睫毛は長く、頬は暖かそうな薄紅色。
あまり見ては失礼だと幸村はぎゅっと瞼を閉じるのだが、視覚を失い鋭くなった嗅覚がの甘い香りを感じ取る。
鼻腔をくすぐる芳香。
甘い、甘い、花のような
「幸村?終わったよ?」
「は、もももももも申し訳ありませぬ!!!」
「なんで謝るの」
吹き出して笑うの笑みは無邪気で優しい。平和を体現するように影がない。
幸村の知らぬ笑みだ。
いや、忘れた笑みかもしれない。
「殿は、良き香りがなさいます」
「え?」
「はっ!!」
思わず言葉が勝手に飛び出し、引き戻すことも叶わずの間の抜けた表情に逃げ出したくなる。
自分は何を言っているのだと赤面し、今にも叫び出しそうな幸村などお構いなしには肩を揺らして笑っていた。
「たぶんシャンプーだよ。いまフローラルなやつ使ってるし」
「し、しゃしゃしゃしゃんぷう?」
真似る幸村の声の調子にはまた吹き出して笑う。
聞きなれぬ音は恐らく異国語であろう。脳裏に隻眼の竜が瞬いた。
いやだ
どこか幼い心が叫んでいる。
「・・・異国語は好みませぬ。某にも解るよう仰ってくだされ」
ああ子供のようだ。
ふてくされる自身に嫌気がさす。
は不思議そうに丸い瞳で幸村を見つめ返していた。
「ごめんね幸村、笑ってごめん」「殿は何も悪くござらんだろう」
「でも、嫌な顔してる」
「申し訳ござらん・・・」
「謝らないの」
こつり、とは幸村の胸元に額を合わせる。
髪がなびいてふわりと甘い臭いが香る。幸村はお馴染みの言葉を叫ぶよりその香りに意識を奪われてしまった。
衣類越しに触れた熱に、胸に穴が開いてしまいそうな錯覚を覚える。
この身を燃やす熱は、日だまりのように暖かいのに焼き尽くされてしまいそうだ。
「それに、幸村もすぐ同じ匂いになるよ」
「む?」
「もとの時代に帰れるまで、ずっとここに居たらいいもん。きっと、匂いなんてすぐ一緒になるよ」
とんでもなく的はずれな答えだ。
しかしそれよりも、ずっとここに居てもいい。その言葉だけでどうしようもなく胸がざわついてしまった。
ずっとの傍にいられる。
それだけで、言い表しがたい熱に頬が熱くなった。
「叱ってくだされ、お舘様っ・・・!!」
「あはは、意味わからない」
けらけらと笑うの明るい表情に心が安らぐ。
少しの間、こうして軟弱になるのを許して欲しいと、幸村は心内で信玄に請うのだった。
ぬるま湯よりひと肌
title by リービッヒすいせい