「た、け」

大きな丸い茶色の瞳から大粒の涙が、まるでボロッと音を立てるみたいに流れた涙。
すごい、と思わず目を見張った。
だって、漫画みたいだ。
こんな大粒の涙を流す人がいるとは思わなかった。
感心しつつも若干引き気味でその泣いている男の人を見る。
なんだかすごくキテレツだ。
だって、ジャニーズ顔で髪はヴィジュアル系みたいに長く伸びて、運動会でもないのに赤い鉢巻。裸に真っ赤なライダース。足元はブーツ?草履?
意味がわからない、と男の人の顔を凝視する。
わなわなと震える唇が、もう一度たけぇ、ととんでもなく情けない声を放った。

「竹?」
「た、たけ、お、おぬじっ、が、がえ・・・って・・・」

ぼろぼろと泣きながら私に詰め寄る赤い人。
正直なに一体のかさっぱりわかんない。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔。幼稚園児だってもっとまともな泣き方をする。
思わず一歩下がったら、赤い人がこの世の終わりみたいな顔で固まった。

「だ、だけ、な、なぜ逃げるっ・・・」
「だけ?」

竹とかだけとか、一体なんなんだろう。ここは竹林ではない。
って言うか、ここどこだろう。

「あ、あのすいませんお兄さん。ここどのあたりですか?東京にこんな森はなかったと思うんですけど」
「と、とうぎょう?」

ぐず、と鼻を鳴らした赤い人は固そうな手袋?を付けたままの腕で自分の顔をごしごし拭いていた。すごく、乱暴だなぁと思わざるえない。

「と、とうきょうとは、黄泉の国のどの辺りでござろう?ここは甲斐の国、そなたが嫁いできた上田に相違ない」
「かいのくに?」

貝か海かはたまた灰か。ていうか上田?どこ?
ますますわからないと頭を抱える。
ここはどこだ?私は普通に学校帰りに家を目指していたはずだ。
どこをどう間違えたらこんな山奥に?
もしかしたら自分は夢遊病者だったのだろうか?
意識なくこんな山奥、いや違う。だから東京にこんな森はない。

「竹、きっと混乱しておるのだ。案ずることはない、その・・・そ、某がいる!」

どんと胸を叩いた赤いお兄さんだがあなたがいても仕方がないんですと思わず口が滑りそうになった。危ない危ない。
しかし、どうやら竹、というのは人名らしい。随分古風な名前だなぁ。

「あのお兄さん、私竹さんではなく、という名前なんです。たぶん、人違いされてません?」
「なにを申す!某が己の妻を見間違えるなど!!」
「つまぁ?」

どう見ても高校生くらいのお兄さんだ(格好はどうあれ)。となれば年はだいたい16から8。法的にもぎりぎりだろうと呆れた半眼で見返せば、赤いお兄さんは大股で近づいて私が逃げないようにか思いっきり二の腕の辺りを挟むようにつかみかかってきた。
意外と大きな掌と、握力。ていうか・・・痛い!

「うむ、瞳も鼻筋も唇も、竹のものに違いない!そなたこそ某の妻。大谷殿の娘御である竹姫に違いござらん!」
「大谷の娘?竹姫?お兄さん浸ってるところ済みませんが私の苗字はです。!竹さんじゃありません!」
「竹、何故先ほどからそうよそよそしく呼ぶ?幸村と呼べばよかろう!某らは夫婦なのだぞ?」
「だぁーかぁーらぁー!私は竹さんじゃあありませんって言ってるでしょ!?離してください!!」
「佐助ぇええええ!!」

鼓膜が割れる!と悲鳴を上げたくんるほどのお兄さんの大声。
腕を掴まれている所為で耳も塞げない。一瞬くらりときた眩暈。
崩れそうになった躯は赤いお兄さんの腕を背後から来た何かに支えられた。

「ほ?」
「・・・おやまぁ」

振り向いた背後でぱち、と視線が絡む。
ああ。なんてこった。赤の次は迷彩かぁ。

「佐助!竹だ!某の竹が帰ってきたのだ!!」
「うん、旦那落ち着いて?えっと・・・うん・・・竹姫ちゃんだねぇ」

しみじみーといった感じでそういう迷彩のお兄さんだがしっかりして欲しいものだ!

「わ、わたし竹さんじゃないんです」
「何を言う!そなたこそ某の竹に違いないのだ!」
「違うってばぁ!!」

押しも引かぬ押し問答。
しばらく続きそうな気配がして、まずはどうにか赤い鬼さんの腕から逃れたい。
どんな握力かは知らないが、痛いのだ。

「とにかく、はなし、てっ・・・?」

とん、と首筋に走った衝撃。
くらり、さっきのお兄さんの大声の時よりもひどい眩暈。めまい?

「竹姫ちゃん、疲れたでしょう?黄泉からの帰り路は大変だったろうに。さぁさ上田のお城に帰ろうね」
「うむ、それがよい。さぁ某の馬へ。竹は乗馬が下手だったから、いつも某が支えねばならなかったな!」

にこにことわらうあかいおにいさんとめいさいのおにいさん、うま。うまだ、おおきなうま。
うまくことばがでない。したがうごかない。しかいがにじむ、なんだか、へんだ。

「ぅ・・・」
「竹、何も心配せずともよい。蘇ったのだ、そたなは黄泉返った。何も恐れることはない。某の傍にいれば安全だ」

あんぜん?あんぜんってきけんなの?ねぇ、ここはどこ?とうきょうのどこ?わたしのいえは?がっこうは?

「さぁ。しばし眠るとよい。起きた頃には城に着く」

しろ?しろってなに?へんじゃない?

「竹、某の妻。ああ、返ってきたのだな」

私のぐったりと力の抜けた体を抱いて赤いお兄さんがにこりと笑う。
なんだろう、その笑顔、怖いと思ったんだ。






きみが終わらせた


夏の続き


title by リービッヒすいせい