兄は聡明な人間だった。
十五で家督を継ぎつわものを纏め上げ、奥州を統べるに至った武士である。
兄は賢く美しくそして誰より強かった。
兄は私の自慢であった。
たった一人の家族だった。
最上より嫁いできた母から私たちは揃って生まれた。
双子の私たちは畜生腹。本当ならば殺されていたのを父の恩情で生かしてもらえた次第である。
そうして今までの十九年の歳月が流れる中、兄が病に伏せ、父が没し、母と弟が反旗を翻しても、私は兄の側を離れなかった。
当たり前だ。
私は母よりもさらに密接に兄と骨肉を別けたのだから。
「」
兄はいつも優しい声で私の名を撫ぞる。
蕩ける目尻と冷たい指先でまるで氷原の薄い氷に触れるかのように慎重に私に触れる。
兄はいつも恐れているのだ。
私が兄の側を離れていかないかを。
「なぁに?兄様」
だがどうすれば私が兄の側を離れると言うのだろうか?
私たちは母の腹の中で、ひとつの肉塊でありながらその身をふたつに裂き、血も肉も命さえも等分した仲だというのに。
一体どうして兄の側を離れましょうか。
私たちはふたりでひとつだった。
別たれれば呼吸も儘ならない。
互いの側を離れる。それは死の別離に似ていた。
***
「政宗様、姫様ももう十九です。いつまでお側に置かれる気ですか?」
夜、兄の寝所に呼ばれた私は腹心の小十郎の声に足を止めた。
十九で未だに嫁がない娘はそういない。
伊達繁栄の為に身を捧げることは必然。気づいていたし分かってもいた。私は異質である。
伊達の癌と呼ばれているのも承知していた。
そんな針の筵に何故居るのかと問われれば、私はここが兄の側だからと答える以外他にはない。
「は俺のたったひとりの妹だ。そう簡単にどこかに嫁がせる気はない」
「政宗様、」
「しつこいぞ小十郎。下がれ」
「・・・申し訳ありません」
カン、っ煙管の灰を落とす音が小十郎の謝罪さえ責めるように響く。
愛用の煙管を態と鳴らすのは兄が不機嫌な証拠であった。
それから失礼しました、と小十郎の声が響き、兄の寝所から小十郎が出てくる。
廊下に立ち竦む私を見て、小十郎は渋い顔をして言葉を詰まらせた。
小十郎はなにも悪くはない。
悪いのは私だった。
「ごめんなさい、小十郎」
私の謝罪に、小十郎は逃げるように私の隣を歩き去って行く。
辛くはない。
この身に巣食う罪を思えば、軽すぎる痛みであった。
去って行く小十郎の背を見送り、私は再び兄の元へ向かう。
「兄様、です」
「おう、入れ」
夜着で布団の上に胡座をかいていた兄は、すっかり機嫌を悪くして煙管を片していた。
「小十郎に会ったか?」
「なにか喧嘩でもしたの?小十郎、難しい顔をして」
「気にすんな。お前には関係ねぇ」
素知らぬ振りをすれば兄は優しく笑って私の頭を撫でる。
冷たい指先が私の髪を遊び、時折肌の上に感じる兄の指の感触が心地よかった。
「お前は何も心配しなくていい」
「はい・・・」
兄は、私を一生どこかに嫁がせるつもりはないのだろう。
いつか兄が妻をめとり、子を成し、そしてその子が伴侶を得ようとも。
兄はきっと、私を手放しはしないのだろう。
「」
兄の目は優しく綻び、紡ぐ言葉は砂糖漬けのように甘い。
冷えた指先はいつまでも熱を持つことはなく、代わりに兄の瞳が熱くなるのを私は幾度となく体験した。
兄の声が求めるままに、私は夜着を紐解き肩をはだけさせれば、上質の絹はするりと肌を滑って布団に落ちた。
露になる肌の上を長く伸びた髪が踊る。
兄はそうっと私を抱き寄せ、私の肩口に顔を埋めては肺一杯に深く息を吸いこんだ。
私はその兄の背をゆっくりと撫でてやり、兄の疲れが和らぐように努める。
「ははうえ、」
伊達の癌。
そう呼ばれる私を疎ましく思う者達は私たちの夜の逢瀬が気にくわないらしかった。
だが、私と兄の間に肉欲の関係が生まれたことは一度としてない。
そう一度として、だ。
私たちは双子だった。
母の内より生まれでた肉をふたつに裂き、お互いが血と肉と骨を分け合い生まれ落ちた。
私たちは双子だった。
だが私は、兄よりも濃く母の血と肉とすべてを継いだ女だった。
私は年を重ねるごとに母の面影を生み出し、今ではもう生き写しに近い。
兄は、私に母を重ねてこの身を抱き締めていた。
私を愛し、愛されることで、兄は失われた母の愛を得ようとしているのだった。
兄はまるっきり幼子に返ったように私の体を隙間なく抱きしめ、譫言のように母上と繰り返す。
「梵、梵。妾の可愛い梵天丸」
そして私はいつになく柔らかな声を持って兄の為に母を演じる。
兄が知り得なかった母の愛を、私は知っていた。
手のひら全体で頭を撫でるのが母の癖だった。
頭からするりとうなじを撫で、骨張る背中を心臓の脈よりもゆっくりと撫でれば兄は全身の酸素を抜いて、脱力して私に持たれかかる。
目蓋を閉ざせば兄の美しい顔は年不相応に幼い。
私の胸に摺より、その匂いを吸い込んではまたははうえ、と溢す。
私は兄の頬を撫でて慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「如何した?妾の可愛い梵天や」
「俺のこと、嫌いじゃない?」
「何を言おうかや。妾がお前を嫌うわけないでしょう?お前は妾の可愛い梵天。妾だけの可愛い梵天丸」
そう繰り返し、髪を撫でれば兄は嬉しそうに相好を崩して母上、とより一層強く私の体を抱き締めた。
兄は強く美しい人だった。
同時に哀しく憐れな人だった。
母の愛を得られず生きてきた兄は、どうしようもなく餓えていた。
右目にも戦にも癒せない、埋められない欠落。深い虚。
兄は、愛されなければ生きられない、ひどく脆く、弱い人だった。
だからいつからか兄は寝所に私を呼び寄せ、人目のつかぬ夜に偽りの母の愛を強請るのだ。
これは小十郎も知らない。だれも知らない。
私と兄ふたりだけの密事。
ただ拙く体温を分け合うだけの、愚かな触れ合いに過ぎない。
兄は、その一生埋まるはずのない虚を抱えて生きていかねばならない。
だから、兄はその道行きの供に私を選んだのだ。
母の姿をし、同じ血肉を持ち、とうの昔に死んでいたはずの私を。
蔑ろにされるべき、命を。
***
「梵?」
身動ぎもしない政宗の幼名を小さく呼べば、返事はすぅすぅと穏やかな寝息が帰ってきた。
私は兄の体を預かったまま、出来る限りゆっくりと布団に体を横たえる。
兄は乳飲み子のように私に摺より、そして起きる気配はない。
「おやすみ、兄様・・・」
だが私自身未だ眠気は遠い。
兄のすべらかな髪を何度も何度も櫛解き、兄の穏やかな寝顔を見つめる。
透き通る白い肌。長い睫毛とつり目がちの鋭い目許。すっと通った鼻筋や引き締まった顎がつくる凛々しい輪郭の曲線。
双子である私たちだか、男と女。まるっきり同じとはいかない。
だが多少の差違はあれど鏡合わせにもなる。
しかし、私は兄の面影に自身も母も重ねたことはなかった。
私にとって兄は兄でしかない。
否、私は兄を兄としてさえ見てはいなかった。
「まさむね、」
禁断の名を呼べば肉の芯が熱くなる。
外気に震える胸の蕾は硬くなり、腹部の膣が物欲しげに震えた。
私は兄に、政宗に欲情しているのだ。
肉親に、血を分けた真の兄に、この身を貫いてほしいと言う浅ましい肉欲の情を抱いている。
兄は強く弱く美しく、どこまでも汚れない純粋な氷原のような人なのに対し、私は浅ましく醜く救いがたい、汚泥の肥溜めのような人間に違いない。
そう己を貶めても兄を想う心はしぶとく息をし、私の思考を奪ってゆく。
美しい兄を汚す妄執に体が震える。
汚れない雪原に足跡を残したくなることは仕方のないことだろう。
それと同じように、私は兄を汚してしまいたいと思っている。
獣のように、遊女のように、淫らで赦されるはずのないまぐわいを望んでいるのだ。
ただ熱を分け合うだけでは飽きたらず、私は兄のすべてを欲しいと思ってしまった。
(兄様、いとおしい、兄様に抱かれたい。お慕いしています。あなたを、あなただけを、兄様。兄様が欲しい。あなたに犯されたいのです)
だが言葉にしない。
兄の眠りを妨げるのは気が引けた。
それに何より、この言葉は一生声になることはあるまい。
兄が求めるのは無償の母の愛。
だが私の想いは薄汚い肉欲の情念。
この言葉が露になった時、きっと兄は私を捨てるだろう。
母ではない愛を、兄は疎う。
この言葉は、一生私の中に埋もれるのだ。
誰にも知られることはない。
知られてはならない。
私だけの許されない禁断の想い。
だがもしその時が来たならば、いっそ兄の手に掛かりたい。
我が身をふたつに別たれた私たちなのだから、兄の手で最期を迎えられればそれで帳尻が合うだろう。
私は兄に回帰するのだ。
そう考えれば、死は眩しいほど甘い。
「兄様、」
好きです。好き。愛しています。あなたのお側にいたいのです。
ああ、どうか、私に触れるならばいっそ犯してくださいませ。
浅ましい感情が渦巻いて胸を締め付ける。
一生得ることのないその痛みは酷く甘美に思えて仕方がなかった。
小十郎も皆、私と兄の互いの真実を知らない。
それでもまさに、私は生きる限り伊達の癌たらしめるのだろう。
十五で家督を継ぎつわものを纏め上げ、奥州を統べるに至った武士である。
兄は賢く美しくそして誰より強かった。
兄は私の自慢であった。
たった一人の家族だった。
最上より嫁いできた母から私たちは揃って生まれた。
双子の私たちは畜生腹。本当ならば殺されていたのを父の恩情で生かしてもらえた次第である。
そうして今までの十九年の歳月が流れる中、兄が病に伏せ、父が没し、母と弟が反旗を翻しても、私は兄の側を離れなかった。
当たり前だ。
私は母よりもさらに密接に兄と骨肉を別けたのだから。
「」
兄はいつも優しい声で私の名を撫ぞる。
蕩ける目尻と冷たい指先でまるで氷原の薄い氷に触れるかのように慎重に私に触れる。
兄はいつも恐れているのだ。
私が兄の側を離れていかないかを。
「なぁに?兄様」
だがどうすれば私が兄の側を離れると言うのだろうか?
私たちは母の腹の中で、ひとつの肉塊でありながらその身をふたつに裂き、血も肉も命さえも等分した仲だというのに。
一体どうして兄の側を離れましょうか。
私たちはふたりでひとつだった。
別たれれば呼吸も儘ならない。
互いの側を離れる。それは死の別離に似ていた。
***
「政宗様、姫様ももう十九です。いつまでお側に置かれる気ですか?」
夜、兄の寝所に呼ばれた私は腹心の小十郎の声に足を止めた。
十九で未だに嫁がない娘はそういない。
伊達繁栄の為に身を捧げることは必然。気づいていたし分かってもいた。私は異質である。
伊達の癌と呼ばれているのも承知していた。
そんな針の筵に何故居るのかと問われれば、私はここが兄の側だからと答える以外他にはない。
「は俺のたったひとりの妹だ。そう簡単にどこかに嫁がせる気はない」
「政宗様、」
「しつこいぞ小十郎。下がれ」
「・・・申し訳ありません」
カン、っ煙管の灰を落とす音が小十郎の謝罪さえ責めるように響く。
愛用の煙管を態と鳴らすのは兄が不機嫌な証拠であった。
それから失礼しました、と小十郎の声が響き、兄の寝所から小十郎が出てくる。
廊下に立ち竦む私を見て、小十郎は渋い顔をして言葉を詰まらせた。
小十郎はなにも悪くはない。
悪いのは私だった。
「ごめんなさい、小十郎」
私の謝罪に、小十郎は逃げるように私の隣を歩き去って行く。
辛くはない。
この身に巣食う罪を思えば、軽すぎる痛みであった。
去って行く小十郎の背を見送り、私は再び兄の元へ向かう。
「兄様、です」
「おう、入れ」
夜着で布団の上に胡座をかいていた兄は、すっかり機嫌を悪くして煙管を片していた。
「小十郎に会ったか?」
「なにか喧嘩でもしたの?小十郎、難しい顔をして」
「気にすんな。お前には関係ねぇ」
素知らぬ振りをすれば兄は優しく笑って私の頭を撫でる。
冷たい指先が私の髪を遊び、時折肌の上に感じる兄の指の感触が心地よかった。
「お前は何も心配しなくていい」
「はい・・・」
兄は、私を一生どこかに嫁がせるつもりはないのだろう。
いつか兄が妻をめとり、子を成し、そしてその子が伴侶を得ようとも。
兄はきっと、私を手放しはしないのだろう。
「」
兄の目は優しく綻び、紡ぐ言葉は砂糖漬けのように甘い。
冷えた指先はいつまでも熱を持つことはなく、代わりに兄の瞳が熱くなるのを私は幾度となく体験した。
兄の声が求めるままに、私は夜着を紐解き肩をはだけさせれば、上質の絹はするりと肌を滑って布団に落ちた。
露になる肌の上を長く伸びた髪が踊る。
兄はそうっと私を抱き寄せ、私の肩口に顔を埋めては肺一杯に深く息を吸いこんだ。
私はその兄の背をゆっくりと撫でてやり、兄の疲れが和らぐように努める。
「ははうえ、」
伊達の癌。
そう呼ばれる私を疎ましく思う者達は私たちの夜の逢瀬が気にくわないらしかった。
だが、私と兄の間に肉欲の関係が生まれたことは一度としてない。
そう一度として、だ。
私たちは双子だった。
母の内より生まれでた肉をふたつに裂き、お互いが血と肉と骨を分け合い生まれ落ちた。
私たちは双子だった。
だが私は、兄よりも濃く母の血と肉とすべてを継いだ女だった。
私は年を重ねるごとに母の面影を生み出し、今ではもう生き写しに近い。
兄は、私に母を重ねてこの身を抱き締めていた。
私を愛し、愛されることで、兄は失われた母の愛を得ようとしているのだった。
兄はまるっきり幼子に返ったように私の体を隙間なく抱きしめ、譫言のように母上と繰り返す。
「梵、梵。妾の可愛い梵天丸」
そして私はいつになく柔らかな声を持って兄の為に母を演じる。
兄が知り得なかった母の愛を、私は知っていた。
手のひら全体で頭を撫でるのが母の癖だった。
頭からするりとうなじを撫で、骨張る背中を心臓の脈よりもゆっくりと撫でれば兄は全身の酸素を抜いて、脱力して私に持たれかかる。
目蓋を閉ざせば兄の美しい顔は年不相応に幼い。
私の胸に摺より、その匂いを吸い込んではまたははうえ、と溢す。
私は兄の頬を撫でて慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「如何した?妾の可愛い梵天や」
「俺のこと、嫌いじゃない?」
「何を言おうかや。妾がお前を嫌うわけないでしょう?お前は妾の可愛い梵天。妾だけの可愛い梵天丸」
そう繰り返し、髪を撫でれば兄は嬉しそうに相好を崩して母上、とより一層強く私の体を抱き締めた。
兄は強く美しい人だった。
同時に哀しく憐れな人だった。
母の愛を得られず生きてきた兄は、どうしようもなく餓えていた。
右目にも戦にも癒せない、埋められない欠落。深い虚。
兄は、愛されなければ生きられない、ひどく脆く、弱い人だった。
だからいつからか兄は寝所に私を呼び寄せ、人目のつかぬ夜に偽りの母の愛を強請るのだ。
これは小十郎も知らない。だれも知らない。
私と兄ふたりだけの密事。
ただ拙く体温を分け合うだけの、愚かな触れ合いに過ぎない。
兄は、その一生埋まるはずのない虚を抱えて生きていかねばならない。
だから、兄はその道行きの供に私を選んだのだ。
母の姿をし、同じ血肉を持ち、とうの昔に死んでいたはずの私を。
蔑ろにされるべき、命を。
***
「梵?」
身動ぎもしない政宗の幼名を小さく呼べば、返事はすぅすぅと穏やかな寝息が帰ってきた。
私は兄の体を預かったまま、出来る限りゆっくりと布団に体を横たえる。
兄は乳飲み子のように私に摺より、そして起きる気配はない。
「おやすみ、兄様・・・」
だが私自身未だ眠気は遠い。
兄のすべらかな髪を何度も何度も櫛解き、兄の穏やかな寝顔を見つめる。
透き通る白い肌。長い睫毛とつり目がちの鋭い目許。すっと通った鼻筋や引き締まった顎がつくる凛々しい輪郭の曲線。
双子である私たちだか、男と女。まるっきり同じとはいかない。
だが多少の差違はあれど鏡合わせにもなる。
しかし、私は兄の面影に自身も母も重ねたことはなかった。
私にとって兄は兄でしかない。
否、私は兄を兄としてさえ見てはいなかった。
「まさむね、」
禁断の名を呼べば肉の芯が熱くなる。
外気に震える胸の蕾は硬くなり、腹部の膣が物欲しげに震えた。
私は兄に、政宗に欲情しているのだ。
肉親に、血を分けた真の兄に、この身を貫いてほしいと言う浅ましい肉欲の情を抱いている。
兄は強く弱く美しく、どこまでも汚れない純粋な氷原のような人なのに対し、私は浅ましく醜く救いがたい、汚泥の肥溜めのような人間に違いない。
そう己を貶めても兄を想う心はしぶとく息をし、私の思考を奪ってゆく。
美しい兄を汚す妄執に体が震える。
汚れない雪原に足跡を残したくなることは仕方のないことだろう。
それと同じように、私は兄を汚してしまいたいと思っている。
獣のように、遊女のように、淫らで赦されるはずのないまぐわいを望んでいるのだ。
ただ熱を分け合うだけでは飽きたらず、私は兄のすべてを欲しいと思ってしまった。
(兄様、いとおしい、兄様に抱かれたい。お慕いしています。あなたを、あなただけを、兄様。兄様が欲しい。あなたに犯されたいのです)
だが言葉にしない。
兄の眠りを妨げるのは気が引けた。
それに何より、この言葉は一生声になることはあるまい。
兄が求めるのは無償の母の愛。
だが私の想いは薄汚い肉欲の情念。
この言葉が露になった時、きっと兄は私を捨てるだろう。
母ではない愛を、兄は疎う。
この言葉は、一生私の中に埋もれるのだ。
誰にも知られることはない。
知られてはならない。
私だけの許されない禁断の想い。
だがもしその時が来たならば、いっそ兄の手に掛かりたい。
我が身をふたつに別たれた私たちなのだから、兄の手で最期を迎えられればそれで帳尻が合うだろう。
私は兄に回帰するのだ。
そう考えれば、死は眩しいほど甘い。
「兄様、」
好きです。好き。愛しています。あなたのお側にいたいのです。
ああ、どうか、私に触れるならばいっそ犯してくださいませ。
浅ましい感情が渦巻いて胸を締め付ける。
一生得ることのないその痛みは酷く甘美に思えて仕方がなかった。
小十郎も皆、私と兄の互いの真実を知らない。
それでもまさに、私は生きる限り伊達の癌たらしめるのだろう。
花散らす墓守
title by 暫