【1】

ぱたん、と本を閉じた政宗は、疲れた目頭を解しながらソファにぐったりと背を預けた。
懐かしい本は懐かしい記憶を呼び覚まさせ、痛みと痺れ、涙の感覚を引き寄せる。
政宗の記憶のは、いつまでも鮮明で色褪せない。
胸を締め付ける感覚。
そっと本の表紙を指で撫で、政宗はそれを本棚にしまい込んだ。
もうすぐが起きる時間である。
政宗は鉛のように重たい身体をなんとか持ち上げ、棒のような足を引きずりの部屋に向かった。
扉の前で数度呼吸を繰り返し、意を決してドアノブを掴む。
毎度のことながら情けなく震える手には笑いさえ生まれない。
ノックをしてからドアを開く。
部屋の中で身支度を終えていたは、いつもの淡い色のワンピースを来ていた。

「・・・こんにちは。えっと、あなたのお名前は?」

にこりと笑うはあの日と同じ服を着て、あの日と同じ微笑みで、あの日と同じ言葉で俺に問う。
色褪せずに何度も繰り返された日常は、鮮明さを欠いた映像となって脳に蓄積されていく。
俺は耐えがたい痛みと吐き気を感じながら、なんとかあの日と同じように笑い返して見せた。

「伊達、政宗」

それが精一杯で、二の句は告げられない。
だてまさむね。と小さく繰り返すは、丸い目で政宗を見つめてひとりなにかに納得する。

の記憶は一日しか保たなくなった。
だんだんと壊れていく毎日の中で、政宗たちは何度も始まりの日を繰り返す。
終わりが見えない日々の中に、政宗は自身が何を見出だそうとしているのかはわからなかった。

ただわかることは政宗はまだが好きということだけだ。

だが、どんなに政宗がを思ったとしても、本当のあの日に、が政宗の名にどんな印象をを抱いたかのを、知ることはできない。
一生、知ることはないのだ。






終ぞあなたには


届かぬままに


title by h a z y