夏の日差しは緩やかに勢いを失い、風は少しづつ寒さを増していく。 は、奥州で二度目の秋を迎えようとしていた。 「五朗八、これが紅葉だよ」 「あう」 「そうそう」 ひとつ手渡してやれば、五朗八は嬉しそうに腕を降って紅葉を色んな角度から見つめていた。 生後六ヶ月程を過ぎた五朗八は首もしっかりすわり、一人座りもお手のもの。 きゃっきゃと声を立てて笑う五朗八はそれは愛らしく、周囲の女中たちもだらしなく口許を緩ませていた。 「、五朗八」 政宗の声がして五朗八は紅葉を放り出して拙いはいはいで襖の方へとにじり寄る。 こちらはまだ落ち着かないはいはいだが、腕は随分しっかりしている。どうやら、父親似の腕力らしい。 「ここか?」 残念ながら五朗八が向かった襖とは別方向の襖が開き、部屋に響いた政宗の声に五朗八は急いで体を反転させる。が、小さな体は体重移動がうまく行かず、ころんとだるまが転ぶように体を転がした。 「五朗八、ほら。おっき」 泣きもしない五朗八は、の声に後押しされてもう一度はいはいをして政宗の足にすがり付く。そのままつかまり立ちまでしそうな勢いなのだが、どうにも体はふらつく。腕に比べ、足腰の力はまだ弱い。 愛らしくも微笑ましいその光景を前に、小さく笑った政宗は五朗八の両脇に腕を通し、高い高いとその丸い体を持ち上げた。 「ご機嫌だな、五朗八」 「うぁー、うー」 高い高いの状態から五朗八は楽しそうに手を叩いて笑う。 政宗もつられて相好を崩して、五朗八の柔らかい肌に頬擦りをした。 「仕事、終わったの?」 「ああ、今日の分はみんな済ませた。あとは自由だ」 まだ昼少し過ぎた時間である。政宗は五朗八を抱いたままころりと畳に寝転がり、散らばる小さな縫いぐるみに目をつけた。 「What is this?」 「猫よ」 「これは?」 「兎と亀」 「こいつは?」 「象」 「ぞう?」 「異国の大きな動物。五朗八はこれが一番好きなんだよね」 青染めの布地に小豆を摘めた、柔らかな縫いぐるみを持てば五朗八は興奮した声で腕を伸ばす。小さな腕にそれを納めてやれば、五朗八は迷わず口に運んで遊びだした。 政宗は緩やかに瞳を細め、象の縫いぐるみと戯れる五朗八の小さな頭を撫でる。 右へ左へと力を入れずに撫でれば、ふっと顔をあげた五朗八が満面の笑みで声を上げて笑う。 政宗はよしよし、と低く囁き、陽当たりの良い畳の上で脱力した。 五朗八は象の他にも猫や兎の縫いぐるみを掴み、横になる政宗の傍に摺より遊ぶ。やはり、より会える時間が少ないせいか、嬉しいのだろう。は小さく微笑んだ。 「お疲れ様」 ついて出た言葉は存外に柔らかく、政宗はぱちりと左目を瞬く。 それが少し幼くて、は少しだけ笑いながら傍にあった内掛けを政宗の体に被せてやった。内掛けの中で、五朗八の笑い声が木霊する。 「寝てもいいですよ」 「no,勿体ねぇ」 「変なの」 くすくすと、花が揺れるようにの華奢な肩も揺れる。政宗は眩しそうに目を細めて、それからみっともなく畳の上を這っての膝に頭を収めた。 顔を出した五朗八は、政宗にならって同じように今度はにと擦り寄る。 小十郎が居れば思わず小言が飛ぶような仕草であるが、はなにも言わず大人しく政宗の頭をを預かった。 ひとつ大きな深呼吸が響いた後、政宗は寝転んだままの手を取る。 政宗の微睡む体温が、幸福だと告げてた。 「幸せだ」 思うままに言葉にすれば、は言葉なくも穏やかに笑う。 五朗八を見つめるときと、同じ瞳をしていた。 「そう」 否定も肯定もしない言葉だが、政宗は十分だった。 この手が繋がっている。それだけで、満足だった。 思えば随分酷い事をしてきたものだ。 無理矢理閉じ込め、奪い、犯し、壊した。 愛しても、許しを請うても償いきれない仕打ちをした。 それでも、が政宗を拒絶しないでいてくれる。 五朗八がいて、がいて、今がある。 許されるはずがない。でも、許されたような今が、堪らなく涙腺を刺激するのだ。 胸の内から溢れる愛しい想い。 指先から伝わればいいと念じながら、政宗はを盗み見た。 「なぁに?」 柔らかな響き。 は少し目を伏せながら、静かになりだした五朗八の頭を撫でていた。昼寝の時間か、縫いぐるみと父の体と母の内掛けに囲まれた五朗八は、安心しきった様子で徐々に寝息をたて始める。 ただそれだけが幸せで。政宗は泣き出しそうになりながら幸福を噛み締める。 切望した家族の憧憬。 それが、すぐそばにあった。 「ねぇ、あのね」 「ん?」 眠った五朗八を起こさない様に、が小さく囁く。 政宗は少し身動ぎをしてへと視線を投げれば、の細い指先が政宗の髪を撫でた。 「私、あなたの事、思った程嫌いじゃないと思う」 「、・・・」 「・・・うん。嫌いじゃ、ないかな」 伏せられた瞼のせいで感情は伺えない。 政宗はその隙に、滲んだ涙を乱暴に拭い、少し震える声音で「そうか」とだけ返した。 それが、政宗の精一杯だった。 幸福に殺される。 それもいいものだと、政宗は涙を耐えるように瞼を閉ざすのだった。 |