様、様、様。
喜多やふきや助産婦の声がぐるぐると巡る。
想像を遥かに越えた痛みには必死に呼吸を繰り返した。
気を抜けばたちまち酸素に溺れてしまうような感覚には必死に意識を保とうとするが、肉体そのものが左右に別たれてしまいそうな痛みにさ頭が付いてこなかった。
纏まらない思考が支離滅裂な言葉を生み出す。満ちて溢れて零れ落ちて崩れ去る。
余りある痛みには死ぬかもしれないと呻いた。せめて麻酔でもあれば話は違ったんじゃないかと歯を食い縛れば、獣のような唸り声にしかならなかった。

「政宗様!?なりませんっ!」
「うるせぇぞ喜多」

ぴしゃりと相手を捩じ伏せる声音がの耳に届いた。
少し鳶色の混じる明るい黒髪。
そうして右目を隠す、刀の鍔の形をした眼帯。
は痛みで霞む思考で相手が誰かを見分した。

「っ、ぁ・・・」


傍らに腰を下ろし心配そうに見下ろしてくる姿に、は腕を伸ばす。震えるの腕を空で受け取った政宗はそれをきつく握りしめる。
冷えた指先に分けられる熱には酷く安堵した。

「大丈夫だ。俺も居る」
「おねが、い、名前、呼んで、て。わた、し、と、五郎八」
「Entrust it. 、頑張ってくれよ・・・」

じわりと胸の奥から溢れ出る熱源がの涙腺を焼き尽くす。新しく生まれた涙を溜めながら、はひとつ頷いてふきの指示に従う。
痛みに飛びそうになる意識は政宗の両手が掴んでくれていた。
それだけで先程よりも随分心が強くあれる。は譫言の様に、五郎八、と囁きながら悲鳴を飲み込んだ。

っ、っ・・・!」
「うっ、くぅっ・・・!!!」

ラマーズ法も大した効果も成さない。は歯を食い縛り、政宗の腕に爪を立てながら力の限り息んだ。

「あと少しだべぇ。ややこの頭が見えてきただよ」

ふきの言葉に政宗の瞳が輝く。
五郎八、と吐息と一緒に溢した名前にもまたあぁと意味になりきらない音を落とした。
息んで!と叫んだのはふきか、喜多か。わからないままは全身の筋肉を緊張させた。

(お願い、赤ちゃん。私の赤ちゃん。五郎八。私の子供。いい子、いい子。元気に生まれて。お願い、お願い。ママのお願い。私の五郎八。私の赤ちゃん)

文法の乱れた言葉で語りかける。痛みと音がだんだん遠くなるなか、は政宗に握られた腕ひとつで自分がまた存在しているのだと安堵した。

「五郎八っ・・・」

政宗の蚊の泣くような声に続き、耳をつんざく子供の鳴き声。障子紙を突き破るような盛大な産声にはゆるゆると視線を泳がせた。

様でかしただぁ。立派な男の子だべ」
「わたし、の、あか、ちゃん・・・」

月並みに抱く感想はやはり猿みたい。であったが、すっと通った鼻立や細い黒髪は将来が楽しみだった。腕を伸ばして触れてみる。ふくよかな頬は思った以上に柔らかい。

「五郎八、ママだよ・・・」

五郎八は泣きわめきながら、頬にあるの指先を捕まえて咥え込む。腹が減ったのか、指先を吸うのがくすぐったくて、はくすくすと肩を揺らした。

「お腹空いたの?元気ね、いい子」

指先を吸う五郎八は大人しく、その安心した表情には笑みを微睡ませる。

っ・・・」

視線を横に送れば半泣きの政宗の顔があった。情けない表情には喉を鳴らす。

「・・・ねぇ、言った通りでしょ?男の子・・・」
「ああ。でかした、流石俺の女だ」

失敗した泣き笑いの表情にも釣られてまた泣きそうになった。
俺の女だといったその言葉は、愛姫ではなく自身に向けられたものだとよくわかった。

「政宗様、お子様を産湯へ浸けますので、暫く様のお側に着いていて上げてくださいませ」
「わかった。そちらは頼むぞ」

政宗に恭しく頭を下げたふきと喜多と助産婦が、五郎八を抱いて隣の部屋にと移った。
急に静かになる部屋に、は政宗の腕を握る指先に力を込める。

「ねぇ、わたし、ちゃんと元気な子を産んだ?」
「あの鳴き声聞いたろ?間違いなく元気な子だ」
「そぅ・・・よかった・・・」

吐き出した吐息は細く途切れる。
?と政宗が呼び掛ければの目尻から新しく涙が溢れた。
政宗はひたすら優しくそれを拭い、深い声でどうかしたのかと問いかける。

「わたし、わた、し・・・」

続きは鼻をすする音に成り変わり、言葉にはならない。政宗はただ優しく髪を撫で、に話の催促はしなかった。

「わたし、あの子を産めて、よかった・・・。あの子、守ってあげられた、よね。わたし、怖かった。ほんとは、怖くて、でも、でもよかった。産んであげられて、うれしい、あかちゃん、わたしの、こども、」
「二人の子だ。俺と、お前の子だ。二人のややだ」

政宗は堪らずにを抱き締めた。力の入らない体はいつもより一層細く小さな気がしてならない。
力を込めれば簡単に骨が折れてしまいそうな小さな女。そんな少女が命を産んだ。
政宗は言い表しがたい幸福と感動を噛み締める。

。五郎八を産んでくれて・・・ありがとよ」

深く心臓に染み込む言葉は熱いほど暖かく、は政宗の背中にすがり付いた。

「・・・わたし、の、ふたりの、あかちゃんだよね」
「あぁ、ああ。俺とお前のややだ。二人の子だ」

の目尻の縁から涙が溢れる。

ふたりのこども。

は、初めて、正面から政宗を見ることが出来た。
等身大の、その姿。
たったひとつの隻眼は、違わずを見ていた。
は初めて、政宗が自分を見ていること感じた。
愛姫でもない、ただのを見ている。

ふたりのこども。

五郎八は、政宗との子供だった。









絵画のような微笑