ゆるり、と目を見開けば美しく木目の天井が視界に広がっていた。

生きてる

足や腕や、他にもある擦り傷が痛んだがそれもまた生きている証である。は小さく吐息を溢し、布団の中の左手で腹をそっと撫でた。

「よかった」

掌に伝わる小さな鼓動。
赤ん坊の無事を確認すれば、またとろとろと眠気が身を寄せてくる。覚醒仕切らないの意識は、直ぐに睡魔に負けて穏やかな眠りへと誘われた。はそのまま夢の世界へ向かい、緩やかに瞼を閉ざした。

?」

不意に聞こえた誰かの声。
誰だろうと思いながらも、重たい瞼は開かない。
大丈夫。
その意味を込めて、は握られた右手に一度強く力を込め眠りの世界に旅立った。

***

深々と降り積もる雪が奥州を白く染める。新年の祝いも済み、すっかり雪化粧を施された奥州一帯は凛とした静けさに包まれていた
桜井家の謀反から幾数日、成実はすっかり全快し、の熱も完全に下がった。
米沢城を覆う穏やかな平和には、誰もが安堵し胸を撫で下ろす。
母子共に命に別状はないが、やはりかの一件以外はみんなを部屋から出したがらなかった。次何かあって助かる保証もないのだ。部屋に縛り付けるのはいかがなものかと思うものもいたが、毎日見舞いに通う政宗の姿を見て、誰もが大人しく閉口するのであった。
そうして政宗は常にの側に腰を下ろし、が退屈しないように様々な話を読み聞かせる。
驚いたことに、はそれらを一切邪険にはせずただ静かに政宗の声に耳を傾けるのだ。
かぐや姫から平家物語、果ては唐や和蘭の物語も語れば、は優しい表情で腹を撫でていた。

「私がいた時代には胎教っていうのがあって、子供がお腹にいる時からいっぱい読み聞かせとかしてあげると頭が良い子になるの」
「Really?そいつはすげぇ」
「きっと頭が良い子が生まれるわ。英語も直ぐに覚える」

その言葉に政宗は目尻を滲ませた。
きっと教える役目は政宗が買って出るだろう。教師には任せられない。小十郎の小言も無視して精を出すだろう、そう思うと子供の誕生が更に楽しみで仕方がない。

「男か女か。どっちだろうな。いや、どちらにしても、きっとに似た可愛いい子供が生まれるぜ」
「男の子よ」

間髪置かずに、が嫌にきっぱりと言いきるものだから、政宗は驚いてぱちりと左目を瞬かせた。

「絶対男の子が生まれるわ。強い子よ。私を守ってくれたもの」

穏やかな横顔が甘く微笑み、何度も何度も腹を撫でる。愛情の溢れるその表情に、政宗は未だ見ぬ我が子に嫉妬した。幼い梵天丸の感情に違いないが、内心苦笑するしかない。

「絶対男の子よ。ねぇ、名前はなにがいい?」
「決めてもいいのか?」
「私とあなたの子だもの。あなたが決めてもおかしくないでしょ?」

瞬間、政宗は白くなる意識を自覚した。奥州に降り始めた雪よりも白い、真っ白の感情が政宗を覆う。次いで色付くのは喜びや幸福を指す暖かな色。
が、自分を認めてくれた。
その一言に心臓は大太鼓の様な鼓動を繰り返した。全身に感じる血の巡りが祭囃子のようにけたたましい。
固まる政宗に首を傾げ、は政宗のその手を取って膨れた腹に触れさせた。

「たまにね、お腹を蹴るの。すごく元気な子。きっとあなたに似るんだわ」
「俺は・・・お前に似て欲しい」

小さく呟くように答えを返せば、は穏やかに微笑んで言葉を紡ぐ。

「安心して。きっと二人に似るわ。子供って、そんなものだから」

そうしているうちに、とん、と腹の中から衝撃が帰ってくる。驚いて思わず手を引いた政宗を笑いながら、はよしよし、と声と共に腹を撫でた。

「元気でしょ?」
「ああ・・・」

身に余る幸福に涙腺が緩む。
愛する妻と、二人の子供がここに居る。
罪深い自分には過ぎたる宝だ。
政宗はもう一度の腹に掌を当てた。
とくとくと脈打つ小さな命。

「五郎八」
「え?」
「名前、五郎八じゃ駄目か?」

腹の脈動を感じながら言えば、はゆるく首を横に降った。

「駄目じゃない。五郎八、渋いね」

くすくすと小さな肩が揺れる。
嘘のない笑みに政宗はますます泣きそうになる。
が笑っている。自分に笑いかけてくれている。
どうしようもない感情の渦を耐えるように、政宗はなんとか笑みを型どった。

「俺の幼名は梵天丸だった」
「さらに渋いね」
「だがいい名だろ?」
「うん。五郎八も、とってもいい名前だわ」

そうしては腹を撫でる。

「五郎八。あなたの名前よ」

穏やかに瞼は閉じられ腹の子を慈しむの横顔はとても眩しく、政宗は思わず目を細めた。
眩しいほどの姿。愛おしくて、どうしようもない。好きだと思った。

「五郎八、パパとママだよ。元気に生まれてきてね」

そうして涙を耐えるように、政宗もまた瞼を閉ざした。
>








夢にまで見た

エンディング