?」

ふと開け放ったままの窓の外を見やる。
冬晴れだった空には幾らかの雲が増え、夕方には冷え込むことが予想された。
しかしそれよりも、ただ数時間会わないだけで幻聴が聞こえるとは、政宗は小さく苦笑して筆休めのついでに煙管を手に取った。
火を点し一服。吹き上げた紫煙は部屋を漂いそうして空に昇っていく。それを半眼で見送れば、激しい足音が襖の向こうに響き始めた。

「政宗様っ!」
「んだよ小十郎、サボりじゃねぇぞ。午後までの文は」
「成実達が襲われました」
「・・・なに?」

和やかな昼下がりは唐突に凍てつき、固まった時間の中で紫煙だけが自由に漂う。
その場に座り直した小十郎は、低く呻くように言葉を紡いだ。

「確認できた分で負傷者四名、死者五名、成実が手負いで帰還しました。忍の毒にやられたようです」
「小十郎・・・」
「・・・様と、その護衛の兵治と言う男が行方不明です」

後頭部を鈍器で殴り付けられたような、鈍く重い痛みが政宗を襲った。体が凍え、思考は絡まる。戦場のそれとは程遠い混乱に政宗は目眩を覚えた。

、が?」

喉は情けなく渇き、空気を震わせた声は存外に細く小さい。
小十郎は無言のまま重々しく頭を垂れ、政宗は瞬きも忘れて小十郎を凝視した。
嘘だと言って欲しかった。
しかし小十郎との付き合いは決して短くはない。小十郎は実直な人間だった。忠義に重んじる男が、主君である政宗に嘘を吐いたことなど一度としてない。
政宗は暫く忘れていた呼吸を数度浅く繰り返し、鋭い眼光で小十郎を見やった。

「探索隊を出す前に成実に面会する。手筈は」
「整っております」
「Ok.小十郎、お前も来い」
「はっ!」

煙管の火を落とし、直ぐ様成実の元へ向かう。その間はどちらも口を開くことはなく、ただ重苦しい沈黙だけが座していた。

「成実!」

襖を開き第一声。
驚きに振り返った綱元と医師達に一瞥をくれ、政宗は成実が寝かせられた布団の傍に膝をついた。

「ぼん、」
「ヘマしたな。体が鈍ったんじゃねぇか?」
「ごめん、ぼん、おれ、」
「らしくねぇぞ。テメェが忍の毒にやられるタマかよ」

毒による発熱で成実の息は荒い。
赤い顔には珠の汗が浮き、それでも意識だけは保とうと握られた拳は痛々しかった。

「ぼん、これ、」

控えていた綱元が成実の変わりに差し出したそれに、政宗の隻眼は驚きに見開かれた。二重円の中にあしらえられた桜の花の家紋。それが描かれた小刀は、失われたはずである。

「忍、は、みん、な、自害、した。これしか、ごめん」

機密を守るために自ら命を絶つ忍のやることはたかが知れている。
そんななかこの小刀を持ち帰った成実の行為は賞賛に値する。
政宗は受け取ったそれをきつく握り、ぎりりと音をたてて奥歯を噛み締めた。

「兵治は、つよい、から、だいじょぶ、だよ。落ち合うように、いった、から、発煙筒、もってる。ちゃ、一緒だか、ら、探して、あげて」

熱に魘されながらの成実の言葉に、政宗は深く頷き立ち上がり、三傑を順に見据えた。

「成実、俺の留守に死ぬんじゃねぇぞ。綱元、暫く城を預ける。小十郎は捜索隊を三個小隊編成しろ。一刻したら発つ」
「はっ!」
「了解しました」

二人の返事を満足げに受けた政宗は、一人先に部屋を出る。

「・・・あの糞女っ、いい度胸じゃねぇか」

内側から燃え上がる炎はどす黒い。耐え難い怒りに身を任せ、壁に拳を打ち付けた政宗は、どす黒い瞳で空を睨み付けた。

「桜井、俺に楯突いてただで済むと思うなよ?後悔させてやるぜ」









既に知っている

君の狡猾さについて