「ちゃん!!!」 成実の怒号が響いて、次には腕を引かれた。 数瞬前までが立っていた位置に鉄の雨が降り注ぐ。それが何かを理解する前に、成実が駆け出しは引き摺られながら後に続くしかない。 「成実、さん!?」 「舌噛むから黙ってて!黒脛巾!!」 左右と上下と後ろと前と。成実が叫んだ瞬間静寂の森を突き破る悲鳴と怒号と鉄の音。いくつかのそれは無惨に大地に突き刺さり、不躾に青の情景を汚した。 「くない、」 いつか見たそれが木々にも突き刺さる。理解してしまえば恐怖がを飲み込んだ。からからに乾く喉を空気が掠れた音をたてて流れていく。怯えて震えるを背に回し、成実は刀を抜き払い敵を見据えた声を荒げた。 「テメェら!この方が誰だか心得ての狼藉かっ!」 空気が震えるほどの怒気。背に回ったからは表情は伺えない。 成実は姿を表した黒装束たちを睨み付けた。 「武の成実か」 「殺すか?」 「命令は愛姫だけた」 「だが見られた」 「どうせ半数は殺った」 「然らば」 次の言葉は続かず、代わりに再び鉄の雨が降り注いだ。 成実は低く吠えながら、蒼い光と共に刃を振るう。見事にそれらを弾き落とし、生き残った兵達を奮い立たせ駆け出した。 「テメェら!梵の奥さんに怪我さすなよ!」 「「Yeahhhhh!!」」 「兵治!ちゃん連れて逃げろ!後で落ち合うぞ!」 「了解しました!」 の傍には別の兵卒が控え、盾になるようを庇う。 はただ突然の襲撃に怯えて、恐怖に体を戦慄かすことしかできない。 血の臭いが、その色が、太陽の光を受けて輝いていた青い葉を汚していった。 「様っ、こちらへ!!」 青い鎧の男に引かれ、戦地を後にすべくはよろよろと歩いた。 恐怖で覚束ない足元のを励ましながら平治はなんとか戦線を離れる。 「な、んで」 どうして襲われたのか。 答は兵治も知らないらしく、困ったように眉を八の字にしかめた。 「わかりません。ですが、成実様が直ぐに片付けてくださいます」 だから安心してください、と微笑まれ、場違いな笑みだがの心は少し位は落ち着いた。 涙を脱ぐって頷けば、兵治は行きましょう!と山道を下り始めた。 耳の奥で木霊する剣撃や怒号は止まない。未だ終わりの見えない戦いに、は何度も後ろを振り返り成実の身を案じた。 「成実さん、大丈夫でしょうかっ」 「大丈夫ですって!成実様は武の成実って言われて、伊達軍の中でも猛将中の猛将!忍程度に負けるわけありません!」 拳を握り、確信しきった兵治の表情は変わらない。成実の無事を信じきっているその顔に、成実の実力を知らないも大丈夫かもしれないと考え直す。 しかし成実よりも、誰が、何故、を殺そうとしているのか? それが不可解だった。 「逃げられるか?」 「不可能だ」 「っ!」 「伏せて下さい!」 不意に頭上で放たれた言葉に、兵治は咄嗟に刀を振った。 奇跡的に打ち落とされたくない数本。成実達から逃れた忍に追い付かれたようだった。 「男、愛姫を寄越せ」 「さすれば命くらいは見逃してやる」 表情のない声音には震えた。 忍は道具だ。感情のない濁った瞳がを捉える。声も出ず震えるを庇うように前に出た兵治は、ただ悔しげに奥歯を噛み締め刀を握る指に力を込めた。 「テメェらに筆頭の奥様は渡さねぇ!」 「一端に意地を貼るか」 「それを後悔しながら死ぬことだな」 飛来するクナイを弾き、二撃目は撃たせまいと肉薄する兵治。 一人目の忍の刀を力押しで弾き、そのまま押し倒して斬り付ける。肉を裂くと同時に産み落とされ悲鳴には耳を塞いでしゃがみこんだ。 「ああああっ!」 突き出された鉤針を寸でで避けそのまま腹を引き裂く。暫く悶絶して動かなくなる忍には一瞥もくれず兵治は次へ斬り込む。頬を切りつけられた兵治は短く舌打ちをして瞬時に躯を反転させた。 だが相手が待ってくれているはずもなく、投げつけられたクナイが兵治の肉を突き破る。呻くように圧し殺された悲鳴が滲み、それを掻き消すように連続して鉄の鳴き声が騒ぎ立てる。獣のような方向を放ち、兵治は駆けながら刀を円を描くように振るう。弾ける剣戟と微かに響く忍の低い声。 目を閉じ耳を塞ぎ、は全てを拒絶して悲鳴を飲み込んだ。 ただ恐怖だけがに寄り添い、暗い方へと手招きする。 だがしかし、ふと気がつけば斬撃の音が止んでいた。兵治は、忍はどうなったのか? はなけなしの勇気を総動員して、固く閉ざされた瞼を押し開いた。 地濡れの刀を持って、荒く肩で息を吐く兵治の姿が視界に映る。 「へい、じ、さん」 乾いた喉が張り付きかさついた音が漏れた。 ゆるりと振り返った兵治の頬や腕は裂けており、赤い血が流れて滴っている。 「無事ですか、様」 「私、よ、より、へ、兵治さんがっ」 「平気ですよ、これくらい」 だがしかし、その声には張りも勢いもなく顔色は青白い。 ふらつく兵治を支えねばと、動かない足を叱咤して立ち上がったは、数歩進んで不意の感触につんのめった。 「死ね」 「ひっ!?」 死んだと思っていた忍の腕がの足首を掴んででいた。 ぎらぎらと獣の様に、理性のない血走った瞳がを睨む。 駆け上がる恐怖に支配された体は言うことを聞かず、薄れる意識では兵治の声も捉えきれない。冷たい蛇のような。奇妙な感触がの背を舐め上げた。 「様っ!!」 次いで兵治の叫び声に風を切る音が重なり、低く絶命の音が弾けた。 兵治の投げた脇差しが忍を刺し貫いていて、ついに死に絶えた忍はピクリとも動かず赤い池を産む。兵治はそのまま刀を仕舞い、力ない足取りでを支えた。 死後硬直した忍の腕を乱暴に払い、血のついた自分の腕を着物で乱暴に拭った兵治はすまなさそうに視線を落とす。 「すいません、恐い思いをさせました・・・」 憔悴する兵治が項垂れる。 はそんなこと、と社交辞令を述べようとして、その身を固めた。 「様?」 「例え死のうと、与えられた任は全うする。それが忍の教示だ」 「しまった!?」 ぐん、と内蔵を引っ張られる重力と、沈んで行く視界。もう一人の血塗れの忍が発破をかけ、小さくも甚大な爆破が鼓膜を割る。兵治の声と、の悲鳴と、忍の最期の哄笑が木霊し、そして崖崩れの音が全ての音を奪い去っていった。 |