の妊娠に賑わっていた城は、一週間の時間を経て漸く幾らかの落ち着きを得た。 すっかり秋も深まり庭の紅葉が美しく季節を彩る。 冬に向けて今年最後の領内視察に政宗が出掛けることになったらしいのだが、何故だか今回は政宗と他少数のみの出発となり前回とは違う気の張りつめる留守番になった。政宗不在に女中や兵卒たちはが危険なことをしないか気が気ではない様子で視線が疎ましい。 腹はまだ少しも膨れてはいない。 お腹の子を思ってか、近頃は冷えないように何枚も重ね着させられ、圧迫しないように少し緩めに帯もまかれている。 立つことも億劫になる重さにはひとつ嘆息した。 「子供なんて産みたくない」 ひとつ吐き出して目を瞑る。眠気は来ない。それでも夜は録に眠れていない。 怖いのだ。眠っている間の時間がたてば、お腹の子供がどんどん育ってしまう気がして。今にも腹が膨れていく気がして。 ぞくりと背を駆け抜けた悪寒を振り払うように、は頭を振った。 産みたくない産みたくないと子供のように駄々をこねるはまだ17だ。現代では子供でしかないが命を背負う覚悟なんて出来る筈もない。小さく震えるは歯をくいしばって嗚咽を耐えた。 「ちゃん、いい?」 柔らかな声と一緒に障子の向こうに影が射す。二人分のそれに返事を返さずにいれば、案外それは無遠慮に開かれた。部屋の隅で小さくなるを見つけた途端、小十郎はこれでもかと言う位大きな溜め息をつく。成実は苦笑を漏らしただけに止め、そうして赤い林檎をもちよっていた。 「今日もあんま食べなかったんだって?梵が心配するよ?」 「食うもん食わねぇと倒れるだろ。もうお前だけの体じゃねえんだぞ」 ふたり傍に腰を下ろし、それぞれが説教と他愛ない話を始める。 はそれを右から左へ聞き流し、ただ甘い林檎の香りだけを楽しんだ。 「おい、聞いてるのか?」 幾分の怒気を潜ませた小十郎の声には表情を険しくさせる。苛立ちに顰められた眉。深くしわを刻んだ眉間。寝不足の目立つ隈のある険呑な目元が小十郎を睨んでいた。 何時にない反抗的な態度に小十郎は方眉をあげ、成実は気づかず鼻歌混じりに林檎を剥き続ける。以前が琴で弾いた曲だった。うろ覚えの鼻歌は時折音を外し、あまりにも不恰好で滑稽。張り詰めた室内の空気を奇妙に歪ませる音だった。 「ちゃんと聞いてるわよ。体を大事にしろって話でしょ。愛姫の身代わりの次は代理出産?私をなんだと思ってるのかしら」 低く、唸るように言葉を繋げば、小十郎は虚を付かれたように言葉を飲む。成実もまた鼻歌を止め、を食い入る様に見つめた。 ひび割れた空気が肺に入らず喉に詰まる。誰しもが息苦しげに浅い呼吸を濁した。 「あなたたち男にしてみれば女は皆道具なんでしょうね。どう使ったって構わない訳?感情のない人形だと思ってるの?死ななければ、なにしたっていいって言うの!?」 「ちゃん!」 「でもあたしは人間でめごじゃなくて誰かの代わりじゃない私なのよ!?どうして望んでもない子供を産まなきゃならないの?子供なんて要らない!子供なんて欲しくない!妊娠なんてしたくなかった!あんな人の子供なんて産みたくない!!今すぐ堕ろしたいくらいなのよ!!」 「テメェっ!!今すぐ口を閉じやがれっ!!」 「小十郎抑えてっ!!」 いきり立つ小十郎の腕を捕まえ何とか止める。 だがはそんな二人の必死な様を見つめて冷ややかに笑った。 唇が模る冴え冴えとした三日月のような冷笑は、皮肉にも政宗のそれと酷似していた。 「男だからそんな事が言えるのよ。子供一人を十ヶ月も腹の入れておかなければならない女の気持ちがわかる!?孕むのも女、産むのも女!痛いのも苦しいのも女ばかり!!あなたたちに私の気持ちなんてわからない!全部私に押し付けて!私から全部奪った!!私を奪った!私を壊した!ならせめて一つくらい思い通りになったっていいじゃない!!子供なんて欲しくない!産みたくない!こんなっ・・・こんなものっ・・・!!」 は瞳から絶えず涙を溢れさせ、眼差しに燃え盛る怒りと憎しみを込めて小十郎を睨みあげる。怒りに駆られた小十郎は成実を振りほどきの胸ぐらを掴んだ。鍛え上げられた太い腕は容易くの体を中に浮かせてしまう。 「小十郎!!」 「確かに男は子は産めねぇ。女の痛みを理解なんざ出来やしない。だがな、テメェが子供を否定することは許さねぇ・・・!」 鋭い眼光がを射殺す。 その眼差しに追従する怒りがの身を焼き尽さんと襲いかかった。 それでもは小十郎を睨むことをやめない。真っ向からその視線に立ち向かい、冷たい唇で言葉を紡いだ。 「・・・許さない?私を否定したあなたが言うの?」 無抵抗に身を投げ出しながら、は凍る程の声音でせせら笑う。 途端小十郎の瞳が動揺に揺れて、咄嗟に解けた腕がを解放した。 幾らかのつま先立ちになっていたは倒れかけ、寸でで成実が支えたおかげで無様に転んだりはしなかった。はそれ以上何も言わず、ただ静かな怒りの業火を視線に混ぜて小十郎を睨みつける。 小十郎は苦々しげに舌を打ち、に背を向けた。 「俺は政宗様に従うだけだ。命令がなければすぐにたたっ斬ってやるのにな」 「あら、斬ればいいじゃない。お腹のものと一緒にね!」 「っ!」 再び怒りに顔色を染めた小十郎が振り返る。だがそれよりも先に成実の平手がの頬に乾いた音を立ててぶっていた。 突然のことには呆け、徐々に頬を痛めつける熱に何事かと視線を泳がせた。 「ちゃん、いい加減にしなよ。お腹の子供は生きてるんだ」 真剣そのものの、成実の表情は厳めしい。 は殴られた頬に手を添えて、ふらふらとその場に座り込んだ。 小十郎は冷静さを取り戻した、に静かに告げる。 「・・・そいつは少なくともテメェの子供でもあるんだ。それを否定するな。拒絶するな。お前の子供だ。そいつは、望まれて産まれてくるべきなんだ」 「私はっ・・・出産するための機械じゃないわっ・・・!」 呻く様に吠え返すの前に成実が膝をつく。 視線を絡め、逃げることを許さない瞳だった。 「女だから産ませるんじゃない。ちゃんだから、梵は産んでもらいたがってるんだ」 「・・・出てって」 「ちゃん、聞いて」 「お願い出てって」 俯き頬を押さえる。ぶたれた箇所が熱い。多少の手加減はあっても、相手は男の、武将の掌だ。腫れるかもしれないと、はどこか冷めた思考でそう判断した。 頭上で二つ分の嘆息を聞けば、気配はやがて遠ざかり消える。 はそれを確認もとらず、たださめざめと泣き出した。 「子供なんて欲しくない、子供なんて産みたくない!みんな勝手だわ!私はこんなに嫌だっていってるのに!」 畳に拳を打ち付け、歯を食い縛りながらは叫ぶ。涙がこぼれて目尻が痛い。 泣きすぎと寝不足が手を組んでを追い詰める。 それでも構わずはひとり泣きわめいた。 「私は道具じゃない!私は身代わりじゃない!私は私なのに!私は、私はっ・・・!」 の痛哭はだんだんと細く小さくなり、やがて夕暮れと一緒に途切れていく。 だから。 成実の言葉はきっと、が未来人であることに起因しているのだろう。 そうしてやはり、自分自身には価値がないと突き付けられるようでの意識は嘆きに染まりながら闇に呑まれた。 |