「誰か、」 政宗がパン、とひとつ手を叩けばその背の後ろにあるただ一組の襖が開かれた。 正座をしたまま頭を下げている女性が見える。 は泣きつかれて働かない頭でそれだけを知覚した。 何故あれだけ叫んだのに来てくれなかったのだろう? 何故たった一言で現れたのだろう? 「湯殿の用意を」 「畏まりました」 短い問答の後、政宗は優しく優しくの頬を撫でる。 力が入らない。拒絶さえ億劫になり、は嫌々ながらされるがままにした。 「すぐ用意をさせる。待ってろよ」 言うなり満足した様子で政宗は部屋を出る。 逃げなければと喚く脳に従って立ち上がってみるが、如何せん力が入らない。 政宗によって痛め付けられた体に歯噛みすれば、また涙が零れた。 どうにもなかなか渇れ果てない。耐えきれずに座り込めば、下半身のおぞましい穢れを感じる。 悔しさと悲しみと恐怖が混ざりあって逆流する。全て吐き出して叫びだしたい衝動を抱えるは、声を殺して肩を震わせた。 暫くもすれば、先程の様にただ一組の襖の向こうの和服の女性が三人並んで正座をしている。 「お待たせいたしました、愛姫様。湯殿の準備が整いました」 恭しく頭を下げられてもはめごひめさまとやらではない。 はだ。只の一介の女子高生に過ぎない。 そこまで考えては口許を歪めた。 着物や刀、結い上げられた黒い髪。古風な言葉に、荘厳な日本家屋の畳や襖。今では女子高生と言う肩書き程遠いものはない気がした。 「こちらへどうぞ」 力が入らないのを察したのだろう。うち二人の女性に両脇から支えられは部屋を連れ出される。 掃除の行き届いた埃ひとつない廊下を歩く。 誰ともすれ違わないうちに目的地に到着したらしい。 肌を隠していたなけなしの布は奪われ、非難の声を上げる前にやんわりと部屋へと押し込まれた。 湿気を含む温い空気には湯殿が何かを理解する。どうやら風呂らしい。 全身が汗と汚液で汚れている。 これ幸いと熱い湯を頭から被れば、あとから入ってきた女性たちはひどく驚いていた。 「愛姫様!その様に湯を被っては肌が痛みますゆえ!」 袖を絞りながら入ってきた女性達は素晴らしい連携でから桶を奪い座らせた。 「失礼致します」 湯に浸した手拭いを肌に当てられ、は驚いてそれを弾いた。 三人もまた驚きに目を見開きを凝視する。 「い、いいです。あ、あの、私、め、めごじゃないんです。自分で出来ますから」 「あらあら」 「まぁまぁ」 のんびりと女たちが笑う。 中年に差し掛かるそれらからは母の面影が滲んだ。 「その様なこと、私共が政宗様にお叱りを受けます。どうかお気を楽に」 その言葉には直ぐ様すべてを納得し諦める。 昨晩の悲鳴はきっと聞こえたはずだ。今朝だって、政宗の一言には直ぐに人が現れた。 あの男は随分な権力者なんだろう。犯罪を揉み潰すことが容易い程度に。。 の哀しみの感情は怒りに転換され腹の底でとぐろを巻く。 抵抗を止めたに三人はひどく丁寧に体の汚れを落としていった。扱いはまるでお姫様だったがの心が晴れることなど一向になかった。 風呂から上がればまた別の三人の女性が待機していた。 恭しく体を拭かれ、着物を着付けられる。 またも豪奢な藍染の着物。 目眩がしそうな煌びやかな布地には一つ嘆息する。だが原因はそれだけではない。 愛姫様、愛姫様。お美しいですよ、愛姫様。 何度否定してもなぜだが誰もそれを受け入れてくれない。まるでそうしていればいつか本当にが愛になるとでも思っているかのように。暗鬱とした気持ちでかおをあげれば、薄く化粧を施される。うっすらとあしらえられた白粉に朱を差す紅を一線。昨晩の場景が思い出された。嗚呼、吐き気がする。 「では愛姫様、こちらへ」 促されるままに進むがやはり慣れない着物は重すぎる。疲労の残る体を引き摺り歩けば、どうやら最初とは違う部屋に連れていかれるらしい。 大部屋の襖だろう前で女たちが止まる。廊下に正座し居住まい正し、綺麗に頭を下げたかと思えば朗々とした声が響いた。 「政宗様、愛姫様をお連れしました」 襖の向こうからネイティブな英語が流れ、開かれたそこには青を基調とした袴姿の政宗が立っていた。 目元を柔らかく綻ばせ、すいと差し出された右手。思わずそれを凝視すれば、政宗は苦笑混じりにの手を取った。 「てめぇら!随分待たせたな。俺の愛が帰ってきたぜ!!」 大部屋の中には老若混ざる男達が座っている。 何故だか半数は古めかしい髷をしているし、全員着物でしかも帯刀しているらしい。 は目に写る異様さに目眩を感じる。だが誰も違和感を感じていない表情に、やはりだけが異質なのだと理解した。 「おぉ!まさしく愛姫様にございます!」 「愛姫様!病はもう宜しいのですね」 「愛姫様と政宗様、お二人揃えば伊達も安泰にございますな」 めごひめさま、めごひめさま。 喜声混じる歓声には茫洋と聞き流す。 左手を捕らえる政宗を見た。晴れやかな笑み。傍目から見ても幸せそうだと見てとれる。 「やめて・・・」 めごひめさま、めごひめさま。 騒ぎ立てる男たちにの声は届かない。 「いや、いや・・・」 「めご?」 漸くの異変に気づいた政宗だが時はすでに遅い。 は政宗の手を叩き払い、有らん限りの力で叫び声を上げた。 「やめてっ!!!」 しん、と静まり返る部屋中の視線がを射抜く。 大きな瞳に涙を溜めたは呻くように言葉を吐いた。 「私はめごじゃないっ・・・」 目に入るものすべてを睨み付けた。自分を消されてしまう感覚。吐いた言葉はまるで泡のように力なかった。 |