夢を見ないほどの深い眠り。の瞼が緩く震えた。日はすでに高い。意識はゆっくりと覚醒に向かっていき、吐息を吐き出すと同時にの眠りが解かれた。

「・・・ん、」

寝起きの声は奇妙にしゃがれ、喉が痛む程の乾燥には不愉快に眉を寄せた。
喉をならすように一つ咳を出すが、乾いた喉に痛みが走るのみ。

(水・・・)

母が朝食を拵えているだろうキッチンを思い浮かべる。
制服、鞄、嗚呼、学校に行かなくちゃ。
鳴らない目覚ましをいぶかしみながら、はゆるりと瞼を押し開けた。

「Goodmorning、めご」

目前には、少し鳶色の混じる明るい黒髪。そして刀の鍔の形を模した眼帯に、の脳急速に回転した。
寝起きとは思えない血の巡り。
心臓が大太鼓の様に煩く音を立てている。

「ぁ・・・あ、」

乾いた喉は音を成さず、は目一杯瞳を見開き政宗を見た。
様々と蘇る昨夜の情交。
蹂躙された体はギシギシと痛み、は喉の渇きを理解した。
急いで手近な布を抱き寄せる。
露なままの肌をひた隠し、は部屋の隅に逃げ出した。
ただ一組の襖は、政宗の背の向こうだったので逃げられはしない。

「どうした?愛」
「いや!止めて!!私はめごじゃないって行ってるでしょ!?人違いなの!勘違いなの!!おねがいだがら私を家に返してっ!!」

痛む喉で叫べば文字通り血が滲みそうで、それでもは痛みを堪えながら泣き叫ぶ。溢れる涙を止めることは出来なかった。

「めご?」
「いやぁ!来ないでっ!誰か!誰かぁ!」

ヒステリックな叫び声が、広い和室に反響して耳を刺す。
政宗は気にした様子もなく、気だるげに立ち上がりへと近寄った。

「いやっ!やだ!誰かっ!!」

壁に背を押し付け襖に向かって力の限り叫ぶ。
それなのに襖は開かれる様子もなく、足音さえ聞こえない。
這い上がる恐怖はを呑み込み、小さな体はガクガクと震えた。

「めご、」
「違うったら!」

脊髄反射の勢いで、喉を震わせれば涙が滴った。
逃げられないと解っていながら、立ち上がり救いを求めるように壁にすがり付く。
瞬間、腹部の疼きには息を呑んだ。
ひやりとした何かがつ、と内腿を伝う。
白濁としたそれはのろのろと溢れ、は声にならない悲鳴を上げ自らの肩を掻き抱いて蹲った。
肉体の内に排出された精の存在を感じ取ってしまえば、どうしようもない絶望が生まれる。
気分の悪さも合間って、もう耐えられないとばかりには甲高い悲鳴をあげた。
並び立てる言葉は支離滅裂で、自身文法などわからなかった。
ただ嫌いだとか、めごじゃないと繰り返した程度しかわからない。

それなのに目の前の男は、政宗はただ柔らかく笑う。美しい三日月が笑みを彩る。

「愛してるぜ、めご」

紡がれる愛の言葉は、の耳には届かなかった。









病的な影