最近前田家にも帰らず上田城に入り浸っている慶次殿に続いて政宗殿までちょくちょくと足を運んでおられる。 二人とも目的が一重に殿のようだが、殿だって仕事があるでござろうに。 殿はお人よし過ぎるでござる。 しかも! 慶次殿は申し方がないからほおって置くのが一番でござるが政宗殿は政務で来ておられる筈だ! 某だって一応城主として働いておるし、日々お館様のために修練に励み、慢心する事無く精進しておるのに! 政宗殿にはいつまでもお遊び気分でおられては困る。 お館様がご上洛するため、同盟を・・・ 政宗殿を探し、声と気配がするほうへと足を運ぶ。 ふと裏手の縁側だと思えば、そこには慶次殿と殿の声も聞こえてきた。 「政宗ど――― 覗き込んだ先で、慶次殿と政宗殿が殿を挟むようにして座っていた。 お三方で仲良く菓子を、恐らくずんだ餅だろう食しておられる。 そうして殿がにっこりと微笑んでいた。 いつもの明るい笑顔とは微妙に違う。 某が見たことのない笑顔だ。 途端、きしり、と胸の奥が奇妙な音を上げた。 (なんだ?) 「幸村さんへの恋が報われなくったって構わないんです」 ぎしり、今度は先程よりも強く、鋭く、胸が痛んだ。 そして政宗殿と慶次殿が驚いた表情で殿へと顔を寄せる。 お二人とも!!殿に近すぎますぞ!! すると次は腹の底からたぎる炎のような何か。 戦場で感じる熱と近く、それでいてまったく違う何か。 名もわからぬそれが体のうちを這い回る。 某はやはり病なのだろうか? 「旦那」 「佐助・・・」 屋根からひらりと舞い降りた佐助が某に向かって笑みをかたどる。 まだ弁丸として、戦にも出ず、佐助の世話になっていたときによく似た笑みだ。 俺の世話役をしていた佐助は、某にいろんなことを教えてくれたものだ。 「ねぇ旦那、その気持ちの名前、知りたい?」 佐助はいつだって答を持っておった。 ではお主は、この内を這う名もなき正体を知っておるのか。 俺は一度殿のほうを振り返る。 今までに一度も見たことのないような、美しい笑み。 閉じられた瞼と、小さく持ち上げられた両の口端。 甘い輪郭を黒髪がさらりと撫でている。 俺の内の名もなきそれが、大きく蠢いた。 「旦那、その気持ちの名前はね―――」 ← |