「へぇ、そんな話があったんだ」 恋の話といえば前田慶次。 武田のあの虎の若子が恋をしたとか。 風の噂で聞いて、やってきてみれば案外うまくやっているようだねぇ。 「しっかし恋は破廉恥だとか言ってた幸村が恋とはねぇ!」 「む!恋ではござらん」 「なんでだい?」 「慶次殿は、恋はいいといった。胸が熱くなり、苦しく、夜も眠れぬとそう言ったでござろう?」 「あ?ああ」 「だが某、苦しいことはなかった。胸が熱くなることも、眠れぬ夜もなかった。ただ訳もわからぬもやが胸につっかえただけ。それ以外は、何も・・・なかった」 それが何もなかったって顔かい? 遠くを睨みつける幸村の顔は苦しそうだ。 (恋の苦しみだねぇ) 苦しくないはずがない。 無自覚はよくないよなぁ、俺はそう言って夢吉の喉を撫でた。 幸村は確実に恋をしている。 奥州に連れ去られたという女の子を追って城をほっぽって行ったじゃないか。 佐助に聞いた話でも、なんと感動の再会の時に抱きしめたとか! 破廉恥って叫ばなかったらしいしね。 「幸村さーん!」 「殿」 女中の服を着た噂のという女の子。 朗らかな笑顔。白い肌と真ん丸の眸。 うん、可愛いなぁ 「あ、お友達の方ですか?」 「俺は前田慶次!よろしくなちゃん!」 「あたしのこと知ってるんですか?」 「噂に聞いてるよ!幸村のいい人だって!」 「い、いい人!!!」 やぁだ!慶次さんたら!! ばっしんばっしん俺の肩を叩くちゃんの顔は真っ赤だ。 恋してる顔だよ、これは。 ちゃんは全身で幸村がすきなのが判るよ。 「でも、ごめんなさい、幸村さん。変な噂で、嫌でしょ?コレお詫びです!城下で一番人気の甘味屋さんのみたらしと三色、あんこの団子!慶次さんと一緒に食べてくださいね!」 にこ!と微笑を残して仕事に戻っていくちゃん。 幸村はご苦労、と声をかけてさっそく団子に手を伸ばしていた。 「可愛いねぇ、ちゃん」 「・・・慶次殿は、殿に恋をされたのでござるか?」 「横恋慕なんて粋じゃあないよ。恋をしてる女の子はいつもより可愛いもんだよ」 にっこり笑ってやれば幸村は判らない、と言った風に団子をかき込んだ。 流石城下一というべきか。うん、絶品だねぇ。 「やはり、某には恋などわかりませぬ・・・」 「そうかい?案外、簡単なものだよ?」 幸村は恋してる。 それは、想われる恋だ。 ちゃんの気持ちが強いから、幸村が自分の気持ちに気付いてないだけ。 そうじゃなきゃ、ちゃんをかわいいといった俺を、そんな風に睨めないだろう? ← |