act,7 「けーちゃん!はいチョコ!」 「おっ!嬉しいねぇ」 「前田くーん!あたしからも!」 「ありがとさん!」 「けいじくーん!」 「はは、押さないでくれよ」 相変わらず右に左にと女子に囲まれた前田慶次は嬉しそうにへらへらへらへらとチョコを受け取っている。 それを羨望の視線で見るクラスの男子たち。 はいはいバレンタインバレンタイン。 「なぁなぁ、俺にチョコは?」 「はぁ?寝言は寝て言えよ」 女子の一群が去ったかと思えば今度は人の机に乗り出してチョコの催促をしてくるとはいい度胸であるこの男! ちょっと顔が整ってて声がよくて笑顔が子供っぽくてかわいいって定評があるからって! 「こんな日くらい照れなくてもいいんじゃないかい?ほらほらちゃんと受け取ってあげるからさ!」 「ねーよ!兎に角自分の机に帰れ!無駄にでかい図体なんだから邪魔なの!」 しっし!と犬を払うみたいに追い払う。 そうだ、犬だ。犬みたいなものだこの男は。誰にでも尻尾振って愛想振ってそうやって生きていくような男だ。誰かが好きなんてありえない。バカみたいな博愛主義者!この男はみんなが好きなのだ。 もしもこの男が浅井みたいに市だけを大切にする一途な男だったら、上杉先生みたいにかすがだけを特別扱いしてくれるような男だったら、私だってこんな風に意固地になったりしない。素直にかわいくチョコが渡せたはずだ。 今年はがんばって市とかすがと一緒にチョコを作ったけど、無駄になったみたい。 あいつはあんなにたくさんのチョコがあるんだし、べつに上げなくても問題ないだろう。 ふたりはもう好きな人にチョコを渡したんだろうか? ついそんなことばかり考えてしまう。上手くいけばいいな。私は駄目な分、ふたりにがんばってほしいな。 「ったく、は意地っ張りなんだからなぁ。素直になれよ!ほら、これには慶次へって書いてあるぜ?」 「ちょ!?鞄漁んな!!!」 なんてデリカシーのない男なの!? 女子の鞄を漁るなんて信じられない!! 黄色い包みでラッピングされたそれのメッセージカードの宛名を読み上げ慶次は笑う。 「なぁ、これ俺にだろ?」 「うるさい!ちがう!!」 図体のでかい慶次からそれをと選り返すのは至難の業だったけど、私は持ち前の運動神経で飛び上がってそれを取り返す。 くしゃくしゃになってしまったラッピング。 悲しくはない。悲しさよりも恥ずかしさばかりが胸に広がる。 私は他の女子みたいにかわいげがない。そのくせ、バレンタインに乗っかって、こんなもの作って、恥ずかしかったんだ。 「これはあたしのおやつなの!」 苦し紛れの言い訳に、それでも引っ込みがつかなく手渡しは包みを破いて箱を開ける。 形が不ぞろいな丸いチョコレートトリュフ。 泣きそうになりながらそれを口に放り込む。 落ち込む気分にチョコレートの甘さがミスマッチで笑いを誘う。 虚しい、バカみたいな。 それなのに2つめを口に入れようとしたとき慶次の顔がこっちに近づく。 何だと思う前に慶次の口が私の指先をチョコと一緒に口に含んだ。 一瞬で沸騰する血に目の前が熱くなって現実が上手く脳内で処理できない。 何が起きたの? 「うん、やっぱのチョコレートが一番おいしいよ」 私の指を咥えた唇を、舌で舐めて慶次が笑う。 なんて恥ずかしいことを!とか!セクハラ!とか、何か言ってやろうと叫ぼうとしたのに、こんなにも嬉しくて胸が高鳴るなんて、私は重篤な、恋の末期患者らしくて泣きたくなった。 「ばかけいじ・・・」 「可愛いこと言っちゃって。そんな顔されたら惚れちまうよ」 うそつき、うそつき! 私なんてほかその他大勢の一人でしかないくせに、そんな言葉で絆さないで。 「なぁ。男が好きでもない子からさ、必死になってチョコ貰おうとすると思うかい?」 「おもう・・・」 「は男心がわかってないよ!」 「女心がわかんないあんたに言われたくない・・・」 涙が出そうでうつむけば、しゃがんだ慶次が下から私の顔を覗き込む。 「。好きだよ」 「嘘」 「嘘じゃないってば」 「やだ、慶次なんて嫌いだ」 「嫌よ嫌よも好きのうちって」 そうして私の手を取った慶次が、私の掌を慶次の左胸にくっつける。 「、好きだ!」 それがちょっと大きな声で、思わずびっくりしたら涙も止まる。 「ほら、俺の心臓、すっげーどきどき言ってる。これならちょっとはさ、信じてくれるかい?」 ふにゃりと力ない顔で笑う慶次。 ばか、ばか!嬉しい、やめて、本気にしちゃう。 「騙されたと思って、俺の一番になってよ」 ああ、陥落しそう。 こんな気まぐれの男の隣なんて、きっと疲れて大変で、たくさん辛い重いするだろうに、私の体は意思に反して、嬉しそう首を縦に振っちゃう。 ああ、恋ってなんてこわい病気!! |