act,5








乙女のイベントバレンタイン。
愛しいあの人に手作りチョコを!なんてかわいらしいピンクの字ででかでかと書かれた雑誌に目を落としながら、結局あたしはチョコレートのお菓子の本を買うことはない。
手先の不器用さを自覚している分材料費もろもろに無駄にお金をかけたくない。
それに、チョコレートを送るって言うのはもともとお菓子業界の陰謀であって正式なわけではないのだから、別の何かを送ったって問題ないでしょ?

「うーん・・・お酒にしようかな?未成年だけど」

元親は結構な大酒のみだ。遺伝だよなーって笑ってたけど確かに元親の家にお邪魔したときはお父さんとか超すごかったもん。
でもお酒飲めないから何がおいしいかわかんない。
これはもう今度元親と一緒に買ったほうが早いな。
そう見切りを決めたあたしは財布をしまって店を出る。
今日は元親の家に行く予定。
冷たい風が吹くから急いでコートをかき寄せる。
早く元親の家に行こう。べ、べつに顔が見たいとかじゃなくて、寒いからだからね!

「おう、早かったな」
「外寒かったもん。・・・元親なんかいいにおいする」
「あー?まぁ、なぁ」
「んー?」

なんとなく言葉を濁す元親だけどやっぱりいいにおいがする。
香水とかじゃなくて、こう、砂糖、焼き菓子みたいな。

「なんか作ったでしょ?」
「お前なぁ犬じゃねえんだから匂い嗅ぐなって」

そういう割にはばれて嬉しそうな元親の笑顔にあたしも釣られてニヤニヤする。
元親の部屋でまってろって言われてあたしは大人しくしたがって、コートとマフラー外して元親のベッドにダイブした。
元親のにおいがする。
気分がふわふわしてきて、心地いい。

「またせたなー」
「なぁに?それ」
「チョコだよ。逆チョコ」
「元親らしぃねーこの乙男」
「オトメンいうな」

顔をくしゃっとして笑う元親の顔が好き。
目元を滲ませて笑う元親が好き。そうして笑いながらあたしの頭を撫でる元親が好き。
元親が好き。だいすき。

「元親、顔赤い」
「お前なぁ・・・全部口から出てるぞ」
「照れちゃってかあいいの」
「うるせー」

そうして差し出されたチョコは小さなカップケーキみたい。
真っ白のお皿の中でちょこんと一つ。渡されたフォークでそれを割れば、中からとろりと溶けたチョコがあふれ出る。

「わー!すごーい!」

そのまま口に放り込めば程よい甘さ。
舌の上に広がるチョコの甘さに思わず笑う。

「美味いか?
「うん、おいしい」

へらりと笑えば元親も笑う。でもあたしはすぐに笑顔を引っ込めて、どうしようもなくなってしまう。

「どうした?」
「あたし、不器用だからチョコないよ?お酒かなんか買ってあげようかと思ったんだけどさ。かわいくないよねーあたし、って思って」

そう言って笑うけど失敗して顔の筋肉が変な感じする。
そしたら元親は一瞬目を丸くしてそれからまたいつもみたいにあたしの好きなくしゃっとした笑顔で笑う。

「バカ、お前は俺の隣にいてくれるだけでいいんだよ」

甘い甘い、チョコレートみたいな言葉があたしの胸の中で解けて滲む。
ケーキの中で溶かされたチョコみたいに、あたしの体に元親の声が沁みていく。

「何も出来ない女でもいいの?」
「何も出来ない女でも、お前だから許せちまうんだろ」

元親の底なしの優しさはいつも海みたいに大きくて、あたしはいつだってちっぽけだ。
だからあたしはその優しい海に溺れないように、いつだってぴったりと元親にしがみつく。

「このまま一生あたしが何も出来ないだめな女のままだったらどうしてくれるのよ?」
「そうだなぁ。責任とって貰ってやるから安心しろ」

ばぁか、とチョコレートよりも甘ったるい声で笑いながら、あたし達はそろっベッドの上に倒れこむ。
真昼間から、シーツの海に溺れるのは、とても自堕落で素敵。
こんな甘い日こそ、駄目な女のあたしにはぴったりね。
そう言って笑えば元親は答えるように私の唇を塞いでしまった。






退化する翼と


柔らかな鎖