act,1 「バレンイン、か・・・」 私の手の中にはしっかりラッピングしたガトーショコラを包んだ箱一つ。 伊達くんが甘いもの苦手って噂で聞いて頑張って作った。 味見は何回もしたから大丈夫。 私甘党だからどれくらいなら大丈夫かわかんないけど大丈夫だと思いたい。 伊達くんはクラスというか学校というかたぶんこの都市で一番有名で人気の高校生だ。 大手企業伊達コーポレーションの跡取り息子で容姿端麗文武両道、絵に描いたような王子様だ。 そりゃあ一週間以上前から女子は浮き足立って毎日チョコの練習にと甘い匂いを漂わせていた。 そういう自分もそうなのだが・・・ 「でも・・・なぁ・・・」 朝の下駄箱はすでに満杯。教室の机もロッカーも雪崩が起きるほどのチョコの量。 休憩時間はたびたび呼び止められチョコを受け取っていた伊達くん。 たぶん学校の女子の10分の9割はチョコを上げたんじゃないだろうか? 心底だるいといった表情でチョコを受け取る伊達くんの顔を見てしまえば、気持ちが見る見るしぼんでいった。 伊達くんのことが、好きだ。 でも私は見た目も普通だしむしろかわいい部類じゃないと思う。地味、目立たない。 10人女子がいたら埋もれる程度。 頭も良くないし、運動神経が言い訳でもない。取り分けスタイル抜群ということもない。取り柄もたぶん、ない。 そんな私なんかが伊達くんを好きだなんて、これは、迷惑だろう。 かすがちゃんとか市ちゃんみたいな、かわいくて、美人で、守ってあげたくなったりしたくなるような女の子だったら、きっと伊達くんも大歓迎なんだろうなぁ。 「帰ろう」 チョコレートは、自分で食べよう。 少し苦いからココアと一緒に食べたらきっとおいしい。それとも生クリームにしようかな? 一週間チョコレートつくりの練習に励んだおかげですっかり胃袋が拡大されてしまったらしい。別にいいよもう。元から好かれる要素もなかったのに、今から太ったってそう問題もない。 私が太ったってどうってことないのだ。世界は関係なく明日を迎えるし伊達くんもきっと好きな女の子の事を考えるんだ。 今頃きっと伊達くんは好きな女の子からのチョコを大切に食べているのだろうか。 好きな女の子がうっかり甘いチョコを送っても嬉しそうに食べるのだろうか。 それから「ありがとう」ととか「美味かった」とか、優しい声で電話するのかも。もしかしたら直接伝えるのかな。 あーいいなぁ。やばい妄想で泣きそうになってきた。 おなかが痛いかも、チョコ食べられなさそう、もういいや、捨てちゃおう。別に食べたくないし。 「こんなの・・・誰も欲しくないよね」 ガトーショコラなんて、味気ないし色気ないし、茶色いだけのケーキだもん。大体私チョイスミスじゃん。もっとかわいいお菓子を作ればよかった。そしたら渡す勇気出たかも。そんなことない、あんなにかわいい女の子に囲まれても面倒くさそうな顔してたもん伊達くん。きっとどんなにかわいいお菓子も、高級なチョコも、私なんかからもらっても伊達くんうれしくないよね。迷惑だよね。身の程知らずだよね、私・・・馬鹿みたいだ。こんな、浮かれて、バレンタインだからって、馬鹿みたいだっ・・・ 「おい」 ああもう幻聴まで聞こえてきた。死にたい。涙出てきた。 「・・・な、に、泣いてんだよっ」 「だてくん?」 あれ?ほんもの?何でそんなにびっくりするの?こっちの方がビックりだよ? 「ど、した。の?か、彼女さんのところ・・・行かなくて、いいの?こんなところで、み、道草くって?」 「はぁ?彼女!?」 すごく驚いたらしい伊達君が訳がわかんねぇ!みたいなことを英語で言って頭をガシガシかいてた。 そんな格好を見ても高鳴る胸はどうしようもない。身の程知らずの恋なのに、この恋が終われない。 「あのな、どこから出た情報かしらねぇが俺に恋人はいねぇ」 「え?う、うん」 思わず何度も首を縦に振ったら、伊達君はならよし、とに!っと綺麗に笑った。 うわっ・・・うわ!! どうしよう、あんな、すごい、笑顔、どきどき、する! 伊達くんはずるい。あんなかっこいい顔で、優しく笑ったら恋しない女の子はいない。 それなのにあんな笑顔私に見せて、ひどい、やっぱりこの恋が、死んでくれない。 「で、だ。あんた、俺に渡すもんがあるんじゃねぇか?」 「え?え?」 「ほらそいつだよ、寄越せ」 「あ!あー!!」 伊達くんが持ち前の運動神経であっと馬に私の右手にぶら下がって高みの袋を奪い取る。 どうしよう!やめて!まって!! 伊達くんへ、とメッセージカードを添えた箱が露になる。 差出人なんてかけなかった。怖かった。拒絶されたら、死んでしまいたくなるくらい、怖いから。 「Ah−?差出人なしかよ。わかんなくなんだろうが」 「や、やだ、伊達くんっ、か、返してっ・・・!!」 私の腕をするっとよけては包みを開けた伊達くんは嬉しそうに目を細めて片手でそれをつまみ上げて一口齧る。 「お、ガトーショコラ」 「伊達くん!!」 ああ!ああ!!どうしよう味見したけど不味いかもしれない伊達くんってお金持ちだからきっと私みたいな庶民とは味覚が違うだろうしデパ地下とか一流パティシエじゃないただの女子が作ったガトーショコラなんてっ!! 「うまいな」 それなのに伊達くんは歯を見てせてキレイに笑う。嬉しそうに笑う。それが眩しくて、上手く言葉がでない。 伊達くんの口の端にかけたガトーショコラの生地がついてた。 それが子供っぽくてまた私の心臓を高く鳴らす。 ああ、伊達くん、伊達くん。伊達くん。好きだ・・・ 「だ。だて、く・・・」 「No,政宗って呼べ。Yousee?」 そうしてもう一口ガトーショコラを齧る伊達くん。 伊達くんが、私が作ったガトーショコラ柄を食べてる。夢じゃない。どうしよう。死んじゃいそうだった。死んでもいい。そう思ったの。 「俺は、って呼ぶ」 「・・・っ!」 だめだ、本当に死ぬ。伊達くんに殺される。でも、やっぱりそれでもいいやって思ってしまえる。私、本当に伊達くんが好きなんだなんて、改めて思ってしまった。 「なぁ、。あんたのこと好きだって言ったら、どうする?」 「な、」 「好きだ。俺の女になって欲しいって言ったら、どうする?」 「だ、伊達くん・・・」 「政宗だ」 「え・・・う・・・」 「嫌なら逃げろよ?」 「な、に・・・?」 政宗君が私の腕を取る。 逃げろって言ったくせに、逃げられないくらいの強い力。 怖くなってからだが震える。でも、腰に回された政宗君の掌の力で何もかもが動でもよくなってしまう。 「好きだ」 そう言って、政宗君が私の唇にキスを落とす。 触れるだけのキス。数秒にも満たないキス。世界が、変わるキス。 「逃げなかったな」 にやりと笑う政宗君。私は、ただ泣きそうになるのを堪えながら、必死に政宗君にすがり付いて顔を覆った。 「政宗君がっ・・・好き、です・・・!」 「安心しろ、俺もだよ」 そう言って政宗君はもう一度私を抱きしめる。 甘い甘い、ガトーショコラの匂いに酔わされて、私はゆっくり瞼を閉じた。 |