「決戦だ」 天の別れ目、竜は分厚い雲が覆う空を見上げた。 尾張の魔王は沈黙しても尚影は濃い。 世は喘いでいる。和平を寄こせと。 政宗は愛馬の首筋を撫で、己の兵達に向き直った。 「行くぜ!!Let's party!!」 短い言葉が、兵達の心臓に火をつける。 荒々しく駆ける軍馬が砂埃を巻き上げた。 戦地は近い。 湿気る空気に雨の予感を感じながらも、足を止めることはない。 雨が降れば火器は使えない。 好機でもあるが同時にこちらも手を塞がれる。 勝つためには力だ。 腕の中の一振りを強く握れば、相応の硬さがそこに有った。 (天下を) 数多の人間が望み、そして死んでいった、手の届かぬ至高。 (和平を) 脳裏に過ぎ去るいくつもの人間を思い浮かべながら、短く息を吐く。 そして、 「豊臣秀吉っ!!!」 鞘から抜き放たれた刀が、鈍色の光を放ちなが巨躯へと肉薄した。 分厚い篭手と刀がぶつかる。 爆ぜる火の粉、巨躯の男は口元を吊り上げた。 「逃げずに来たか、小蛇風情が」 「HAッ、猿程度が大口叩くんじゃねぇ!!」 一旦距離を取り、再度懐に飛び込む。 数度打ち込むが確かな手ごたえはない。 距離をとるために後方に飛び退き、目前を掠めた腕を睨む。 敵の射程範囲を保たれては死を意味する。あの豪腕は容易く骨を砕く。 「君はもっと賢いものだと思っていたよ」 「・・・竹中、半兵衛」 戦地に似合わぬ白を飾る青白い男が、物腰柔らかに秀吉の隣に並んだ。 軍師の名を頂きながらもその力は他の武将をはるかに凌ぐ。 外来とされる間接剣は恐ろしい程の殺傷能力を秘めているのだ。 「君は秀吉の傘下に下るべきだった。なのに秀吉に楯突こうなんて、愚かの極みだね」 「黙れ」 「そう怖い顔しないでくれないかな。これは最終勧告なんだよ。もう一度機会を上げよう、伊達くん。部下や仲間の命が惜しくば、豊臣に下るんだ」 冷徹に細められた美貌は冴え冴えとしていて血の気がない。 「お断りだな」 刀を構えれば「残念だね」と存外に柔らかい声が響いた。 そして飛来する間接剣の切っ先。 一、二撃と防ぐが絶え間ない攻撃に後退を余儀なくされる。 「政宗様!!」 「他所を心配している余裕なぞあるのか?」 右目の咆哮を一蹴するのは深緑色の戦装束に身を包んだ中国の智将。 輪刀と呼ばれるそれの動きは滑らかであり的確である。 小十郎もまた防戦を強いられ、苦虫を噛み潰すようにそれを何度か弾いた。 「中国の智将ともあろう奴が豊臣に下ったか」 「それがどうした」 身軽な元就に対して小十郎は重装だ。 速さにおいてははるかに劣る。一撃を決めようにも隙さえない。 「君の右目も苦戦しているよ」 「黙んなっ!!」 間接剣を弾き返せばかの豪腕がに迫ってくる。後退すればまた間接剣の切っ先が向かってくる。 隙のない連携を前に気を抜けば一瞬でお陀仏だ。 浅く息をつく。 兜の下で舌を打った。攻防は続く。 力量の差異が戦況に響く。 互いが決定打を与えられないまま時が刻まれていき、疲労、不安、焦燥が内臓を駆け巡った。 兵力差も大きい。 このまま長期戦に持ち込まれれば、確実に伊達は、敗れる。 「負けられるかよっ・・・!!」 奥歯を噛み締め、六爪を引き抜く。 六爪流は威力が格段に上がるに反して速さが劣る。 しかし政宗はそれさえ感じさせずに半兵衛に肉薄した。 「っ!」 「半兵衛!!」 間接剣が悲鳴を上げる。 竜が咆哮をあげながら、一撃、二撃と渾身の力で打ち抜く。 秀吉の腕は、その攻撃を防ぐことが出来なかった。 元より戦士としては細すぎる半兵衛の身体は、政宗の攻撃に耐え切れず容易く転がる。 抉れた腕には無残な姿の間接剣が柄だけを残していた。 白く細い喉に六爪を向ければ、ぎりりと血が出るほど強く引き結ばれた唇もまた白い。 「半兵衛!!」 「動いたら殺す」 「秀吉!躊躇ってはいけない!」 三竦みの状態だ。 右の爪は半兵衛へ。左の爪は秀吉にへと向けられている。 「HA、最終勧告だ。命が惜しくば伊達へ下るんだ、ってか?」 半兵衛の口調を真似ながら政宗がにやりと笑った。 いくら弱さを捨てようと、人は人である限り完全な非情になれるはずもない。 口惜しさに表情を歪める秀吉の顔は厳しい。 「秀吉!!天下を獲るんだ!!」 「ならぬっ!!」 「美しい友情だねぇ。まぁ生憎、どちらも生かす気はねぇんだよ!!」 「っ!!!」 振りかぶった竜の爪、寸での所で体力を振り絞った半兵衛が転がる。 舌打ちをつく間も惜しいほどに、合間を縫って秀吉の豪腕が振るわれた。 政宗もまた跳躍でその攻撃を避ける。 半兵衛は咳き込みながら、よろよろと立ち上がった。だが間接剣がない今戦力には数える必要もない。 「そろそろ終いと行くか?」 六爪を突きつけ笑ってやれば、覇王を名乗る男の瞳が怒りに燃えていた。 「若造がっ・・・!」 「何怒ってんだよ?こいつは戦だ、殺し合いだろう?」 互いに向き合い、武器を構える。 溢れ出る威圧感に飲むか飲まれるか。疲労の汗が米神を伝った。 「来たか」 静寂に響いたのは元就の声だった。 何事かと元就の視線の先を追った小十郎は、言い知れない絶望を飲み下す。 「毛利の・・・援軍、だとっ!?」 深緑色の旗には一文字に三つの星。其処彼処から立ち上がり、戦場を舐めるように進んでいく。 「やってくれたね・・・元就くん」 「ふん、すべては我の策の内よ」 高慢な笑みは豊臣の勝利を意味している。 やはり智将二人の策の前に力など無意味なのか。 政宗は手の内で震える六爪を叱責し、何とか構えなおす。 目前の男、秀吉にはもう怒りも焦燥もない。勝利を確信した表情に、政宗は微かな声で異国語の悪態をついた。 「・・・これまでなのかよ」 「形勢逆転だね」 青白い顔で立ち上がった半兵衛は寄り添うように秀吉の隣に立った。 「君を倒して織田を討つ。そうして秀吉の天下だ」 「あら、それはどうでしょう?」 戦場に似つかわしい柔らかな声音ふうわりと舞う。 半兵衛の意図されたそれとは違う、女性的な言葉尻。 政宗は、目を疑った。 「っ、・・・?」 「奥州王が妻、。毛利軍三千と共に馳せ参じました」 「姫様!これは・・・一体・・・!?」 「元就くん!?どういう事だい!?」 狼狽する小十郎と半兵衛。政宗と秀吉は訳が分からず言葉もない。 「遅かったではないか」 「機を読んだまでで御座います」 馬上で口元を隠す着物の袖口は深い藍色。 緩く結上げられた黒髪が、風に流れてさらさらと揺れていた。 「元就くんっ・・・秀吉を、裏切ったのかい!?」 「所詮は戦国の世。同盟などという紙上の約束など無意味よ。我が望むのは天下にあらず。毛利の安泰それだけぞ」 「政宗様。戦場の豊臣、竹中軍はほぼ壊滅させました。どうぞその手で御首を」 膝をついた半兵衛に対し、秀吉は視線を鋭くする。 「貴様っ・・・!」 「我の策はここまでよ。貴様の首は伊達に譲る約束であるからな」 尊大な様子で後方に下がる元就には一つ会釈をする。 元就は視線でそれを受け止め、沈黙を徹した。 二人の間に何があったのか量ることもできない小十郎は、今しがた元就につけられた傷の止血を手荒に行いながら視線をめぐらせることしか出来なかった。 「・・・豊臣秀吉、仕切りなおしだな」 六爪を構える政宗に、篭手を握りなおした秀吉は無言で向き合う。 天の別れ目である。 竜が喰らうか覇王が喰らうか。 は瞼を落とし、たった一言呟いた。 「御武運を」 |
天 下 は す ぐ そ こ