甲斐を殲滅し、武田の城から浚ってきた姫はここ三日程何も口にしていない。

意固地といえばそれまでだが、流石は武家の女と言うことか。
敵の情は受けません。
そう鋭い瞳で言い放った姫の姿はまだ鮮明に残っている。

しかし、だ。
彼女は武田の姫であって、決して訓練された忍ではない。
三日も食事を絶てば健康を害する。
この姫になにかあれば政宗様のしたことの意味が失われてしまう。
頃合いか、とひとりごち、俺は女中の変わりに姫の部屋に膳を運んだ。

姫様。お食事に御座います」
「何度言えば判りますか。私はあなた達の施しなど受けません」
「飢え死になさるおつもりですか」

問えば姫は、それもいいですね、と覇気のない痩せた顔で暗鬱と笑ってみせた。
一つ嘆息し膳を彼女の前へ置けば、それを一瞥しては直ぐに下げるよう仕草が送られる。

「食べぬとわかっている者に食事を用意するとは、奥州は随分と豊かになりましたね。私一人分多く米を炊くくらいなら、農民の納めを軽くしてはどうですか」

一息にそう言った姫は俺に背を向け、食事を視界から追いやる。
まったく頑固な姫だ。
まさしくは甲斐の虎の娘か。

姫様。どうかお食事を摂ってください」
「くどいですよ片倉殿。私は奥州になど屈しません。たとえ命が尽きても、あなたたちの施しを受けるよりかはましです」

瞳だけは強い光を残しているのだろう。
その鮮烈なまでの光に、政宗様は魅せられた。
そして甲斐は滅んだのだ。

「信玄公が嘆かれますよ。命を賭して守った姫が、こうも容易く命を投げ出すというのならば。彼らが浮かばれませぬな」

刹那、振り返った姫の平手は俺ではなく膳にぶつかり、ひっくり返った皿の上の食事が俺の衣服と畳を汚した。

「それをっ・・・!それをあなたが言いますか!父や幸村たちを殺したあなたが!!」

激昂した瞳はやはり、否、想像以上の光を持って俺を睨み付ける。
あの武田や真田を連想させる、紅蓮の炎だった。
燃え上がる光は、魂をも焦がす熱量だ。

「言います。あなたに死なれてはそれこそ奴らは犬死にだ。少しでも奴らを思う気持ちがあるなら生きろ。
生きて、生きて、汚く生き足掻いて生き延びてみせろ。生きてりゃ、いつか俺や政宗様の寝首だってかけるじゃねぇか。奴らが守った命を、粗末にするんじゃねぇ」

そこまで言えば、怒りに染まっていた姫の表情は、緩やかに驚きにかわり、そして無表情へと落ち着き、振り上げていた手をゆるりと降ろした。

「可笑しな人。私に自身や主を殺せと言うの?」
「やれるもんならな。政宗様は女に殺されてくれる程優しくはねぇぜ?」

それから俺も、と苦笑で返しながら、被った膳の中身を皿に戻す。
とても食えたものじゃなさそうだ。

「…片倉殿」
「なんでしょう?」

「敬語、なくして下さって結構ですよ。自然な口調の方が、いいです」

つい興奮した自分を内心でたしなめながら、姫様が望むなら、と短く答えておいた。

「…私、もう少ししぶとく生きてみようかと思います。志半ばで命を終えてしまった父の元へは、手土産なしには逝けませんものね。
父の元へ逝く時は、竜の右目か、竜そのものの頭をもっていこうと思います」

肉の薄い輪郭を長く黒い髪が撫でていた。
うすら寒い狂気。
それなのに瞳の炎だけは強い。

「それではまず体力の回復だな。新しい飯を持ってくる。待ってろ」

砕けた調子で返答した。
憎まれもいい。怨まれたって結構。
それが生きる意思に繋がるならば、と、小十郎は小さく口角を歪めた。






欲しがりません


つまでは

そ し て 終 わ り を 見 失 う 。