ちらちらと揺れる篝火は、まるで武田の命を示すようだった。 風に吹かれれば消えてしまう。まさしく風前の灯。 それでも、と。 私は小刀を抜けずにいた。 「こんな奥に居たのか」 二人分の足音と、刀などの武器が合わさる音。 聞き慣れぬその声が、父でないことは確かであった。 「あんたが姫だな。武田のオッサンが死んでまで隠した愛娘」 ギラリと光った刀から血が滴っていた。 嗚呼、 飲み込んだ息は凍りのように冷たく、鉛のように私の腹に収まった。 「父を・・・殺しましたか・・・」 「Yes,コレも戦に生きた者の定めだ。あんたもわかってんだろ?」 独眼竜と称されるその隻眼が、嘲るように私を見竦めた。 怒りと恐れと悲しみが、重なり混ざり、私の中に吹き荒れる。 何を言えばいいのか、判らなかった。 「幸村や、佐助も?」 父の愛した忠臣たち。 そして彼の手にある血濡れの凶器。 答など聞かなくいてもわかっていたはずなのに。それなのに。 「もういねぇ。この世の何処にもいやしねぇよ」 「そう、ですか・・・」 小刀を握る手に力がこもる。 ただでは死ねない。許しはしない。 「何故っ」 絞り出した言葉に、男が綺麗に微笑んだ。 独眼竜と、猛々しき竜と称される男からは想像もつかないほどに、穏やかで、満たされたその笑みに、私は正直、肝が冷えた。 「、あんたが欲しかったからだ」 無遠慮にこちらに歩み寄ってきた政宗公。 私が小刀を見せれば、刃の届かない範囲で歩みを止めた。 竜の右目は、沈黙を守っている。 「あなたは、私程度が欲しかった故に、武田を、甲斐を滅ぼしたというのですか!?」 「That's right.」 流暢に紡がれる異国語に力が抜けた。 嗚呼では、父も、幸村も、佐助も、民も臣下も皆、私の所為で死んだのか。 震える手から小刀が落ちれば、政宗公は終始穏やかな手つきでそれを拾い上げ、私から鞘を奪って収めた。 「俺の女になれ。」 言われた途端に、涙が溢れた。 嗚呼、二度と会えぬ父よ。優しかった幸村。世話を焼いてくれた佐助。 微笑んでくれた乳母。稽古をつけてくれた忠臣たち。愛してくれた女中達。 嗚呼、嗚呼。 私が殺してしまったのか。 「こんな所に隠されておくには勿体ねぇ。俺の側室になれ。武田は生き残れるぞ?」 長く伸びた髪を人房掴み、政宗公が口付けを落とした。 父が母によく似た髪だと褒めたそれを、違う男が愛おしそうに撫ぜている。 震える肩を抱かれそうになった瞬間、私の中で熱がはじけた。 「馬鹿を言え。何故私が父や幸村たちの仇であるお前の側室になどなろうかや。 今すぐ私を殺せばいい。私は武田の血の最後の一滴。戦の連鎖が一つ絶てるだろう。家督も居ぬ家の名を守って何になる!今すぐ私も殺せばいい!父たちの所へ送ればいい!」 思いのままに叫び、涙を流した。 誰も何も言わぬ空間で、やはり政宗公は、柔らかく微笑んでいた。 「殺せなんていうなよ。あんたを手に入れる為だけに、この甲斐を潰したんだからよ」 緩やかに両手を封じられ、口付けが交わされた。 あまりに突然のことに、暴れることも出来ないでいれば竜は楽しそうに隻眼を細めた。 「甲斐も武田も滅んだ。ならあんたはただの女だ。選択権なんてありはしねぇ。 あんたは俺のもんだ。」 くらり、と。 絶望に足元が砕けた。 |
されど裁く神などいやしない!