教師の夏休みなどないに等しい。 休み明けに向けて授業の構成をまとめて教育研修の出張に向かい夜ははじけすぎない生徒がいないかを見回りそれが終われば他の教師の飲み会に付き合わされたり。公務員もサラリーマンだ。とりわけ教師はサービス業にも近い。 くたくたの体を湯船に浸しながらはふと脳内のカレンダーをめくる。 「やだ、もうすぐ学校祭の準備始まる」 はーぁ。と溜息のあと頭まで湯船に沈めた。ぶくぶくと気泡が膨れ上がって割れる音が反響してうるさい。 この学校は体育祭と文化祭を連続でやるのでかなりハードなのだ。 だから準備期間も長い。たちのクラスの出し物は執事喫茶らしく、顔のいい男子の多いクラスならではだと思った。 「若いなぁ・・・」 今年で27。四捨五入ですでに三十路入り。とうに乙女とは呼べない年だ。 例え童顔と言われようが肌が全てを物語る。火照った体で湯からあがり、は手際よくパックの準備をしてミネラルウォーターを飲みほした。 ピピピ ぎくりと嫌な音に背筋が竦む。学校からだろうか、そろりと携帯電話のディスプレイを見ればどこかで見た様な、しかしよく知らない番号だった。 「・・・もしもし?」 『あ、もしもし?せんせぇー?』 間延びした声にどっと疲れが押し寄せる。 はソファに倒れこむように身を沈め、電話の主を睨みつけた。無論イメージ映像だ。 「なんで前田がこの番号知ってるの?」 『やだなー、連絡網作ったの先生じゃん』 そういえばそうだった。 『ねー先生今なにしてんの?』 「あのねぇ、これは緊急連絡のためにみんなに知らせた番号だよ、なにも問題がないなら」 『ごめんごめん!でも大切な用事だったんだって!ね、先生外見て!』 「外?」 学校の補助のおかげで立派なマンションに入ることが出来たの部屋は5階だ。 ベランダに出ればネオンに染まる街が広がる。 『たーまやー!』 慶次の声に続き、ゆっくりの火の玉があった。 「あ」 そうか、今日は花見大会だったんだ。 黄色の光の粒がきらきらと花を咲かせる。ひとつ、ふたつ、ぱらぱらと光を散らして夜の空を一段と明るく照らす。 『今日花火大会だったんだよ!先生見回り午前の部でよかったね!!』 「なんで知ってる?」 『片倉せんせぇーに聞いた!』 へらりと笑う様が想像できる。しかしいくらかテンションが高すぎではないだろうか。 「前田。花火大会だからって羽目は外し過ぎないこと。特に、飲酒は絶対にばれるなよ」 『えっ?な、ななな、なんのことかなぁ〜!?』 「どうせ伊達とか猿飛も一緒だろう。もーすぐ学校祭準備始まるんだから、くれぐれも見つからないように」 なんでわかったんだろー、あははちゃん先生エスパーだねぇー。なんて緩い声が電話口から聞こえてきた。まったく、若さってやつは。 「まぁ、花火。教えてくれてありがとう。前田」 『・・・ね、先生、俺のこと名前で読んでよ』 パーン、とまた花火が上がる。ああ、夏だとはぬるい風を頬に感じた。 「だーめ。私と君は教師と生徒だ。ひとりだけ特別扱いなんてできないだろう?」 ちぇー、と子供っぽい声。後ろでけらけらと笑う声は伊達と猿飛と長曾我部だ。こいつら、顔はいいのに彼女はいないのだろうか。 『あ!じゃあさじゃあさ、今度の体育祭でうちのチームが優勝できたら俺のこと慶次って呼んでくれる?』 「は?」 『ねーいーでしょーせんせ〜!』 甘ったれた声。さぞ女の子受けするだろうに。こんな一回りも離れたおばさんのどこがいいのやら。思わず苦笑が漏れて、声が出てしまった。 「いいぞ」 ドーン。花火、咲いた。綺麗に咲いた火の花を眺めながら、は一つ頷いていた。 『ほ、本当かい!?絶対に絶対だよ!?約束したからね!?』 「わかったわかった。大きな声出すな」 『へへっ、俺嬉しくってさ!先生、絶対約束忘れないでね!!』 「ああ、たぶん忘れない」 『たぶんじゃダメだってぇ!』 よーし!俺なんだか燃えてきた!!ちょっと走りこんでくる!は?なにけーちゃん旦那のまね?うおおおおおお!It's crazy・・・ と外野の声までしっかり聞き届けられた後電話は切れた。 やれやれ、は止まらないむずがゆさを笑いに消化させゆっくりと花火を最後まで堪能することにした。 それから、忘れていた連絡網をきちんと携帯電話に登録しておくことにする。 「体育祭で優勝したら、か」 ああ。夏だ。青春だ。青い春のお祭り少年。 「若いなぁ」 は零れ落ちた笑みを、夜空に咲く花火に送った。 |