春。桜と供にその人はやって来た。

「今日からこのクラスの担任になります、です。まだ教師4年目で、至らない所もあると思うけど、みんなよろしくね」

一目惚れだった。


***


「“Are they worried that the radiation from the reactors will get in the air and drift down to where you are at or have they gotten it contained? ”はい。じゃあ今のところ誰か訳して。わかる人ー」
「はい!!」
「元気がいいねぇ。じゃあ前田」
「はい!先生のことが好きです!俺と付き合ってください!」
「はい、違います。じゃあ他、分かる人はー?」

先生ぇ!と情けなく声を上げる慶次の左隣から上がる腕。
はい、伊達。は帰国子女と噂名高い彼を指名して立たせる。

「“慶次が先生を好きと言いました。” You see?」
「はい違いまーす。どうやらこの授業は成績に1か2が欲しい奴らばっかりみたいだねー」
「Oh!Sorry teacher,“彼らは、原子炉からの放射線が空気を漂ってあなた方の所までに及ぶことを懸念しているんでしょうか。 それとも、すでに放射線は封じ込められましたか?”」
「正解、さすが帰国子女だねー。それじゃあ次の」

と言いかけた時に授業終了のチャイムが鳴る。
はチョークをケースに仕舞いながら、教科書を閉じて終了の合図に号令をかけた。

「じゃあ次の授業までにP25からP27まで訳しておいてね」

まばらに上がった返事を聞いて、は用具一式を胸に抱いて教室を出た。
するとすぐさま後ろから後をついてくる問題児。

せんせー!」
「何かな前田。授業でわからない所でもあった?」
「うん!あのさ、どうやったら先生が俺に振り向いてくれるのかなー?って」

はその言葉を聞いて足を止め、半身を翻して慶次を見た。
突然止まったに慶次は眼を瞬かせて自分も止まる。するとはまた前を向いて歩きだしてしまった。

「先生?」
「振り向いてあげたよ?」
「そーじゃなくってぇ!」

ふにゃふにゃと情けない声は大きな図体に似つかわしく子供っぽい。その癖に違和感があまりないのだから不思議なものだ。
今をときめく可愛い系男子か。いずれ大人になって散ってしまう花かと思うと変に感慨深い。
ぼんやりとそんな事を考えながら歩いていくのだが、このままでは職員室までついてきそうな勢いなのでは英語準備室に足を向けた。
そうして予想通りついてくる慶次に軽くため息が零れつつ、はマグカップを手に取ってコーヒーを入れる。安もののインスタントだ。

「ねーねー、先生ってどんな男が好みなんだい?」
「そうだねー。頭がよくて物静かで束縛しない男」
「ふんふん、なるほど・・・」

生憎皮肉交じりの嫌味は通じなかったらし。
は古いパイプ椅子に腰を下ろしながらコーヒーを飲む。不味い。今度家から豆を挽いて持ってこようと心誓う。
は顔をしかめながら味の薄いコーヒーを飲みこんだ。

「あーあ。先生はなんで俺のこと好きになってくれないのさ」
「教師と生徒の恋愛が成就するのは漫画家ドラマの世界だけだよ。残念だったね前田」
「そんな事ないって!だって俺先生にすっごい恋しちゃってるもん!先生がきらきらして見えるしさ、俺。絶対先生と両想いになる!!」
「少女漫画の読み過ぎ」

感情豊かな分言葉が単調でこれまた子供っぽい。そんな慶次に苦笑しつつ、の言葉は辛辣だった。
慶次は手近な椅子を引き寄せむくれた顔での隣に座る。

先生ってさ、すごいふわふわしてていー匂いするのにけっこう手厳しいよね」
「外見と中身の不一致がご不満かな?」
「あ、いや!俺はどんな先生でも大好きだけどさ!」

慌てて両手を振る慶次の様子には思わず噴き出しそうになった。
コーヒーを含んでなくてよかった。まるで小学生だ。

「女にとって服は鎧なんだよ。スーツを着てれば企業戦士、戦う女。制服を着ていれば誰かに従う女。私服は女も男も騙す詐欺師の様な女。そういうものだよ。覚えておきなさい、前田君」

まるでテストの内容を指導する様なもの言いに、慶次は興奮した様子で相槌を打った。

「じゃあさ、じゃあさ、先生の服は?私服だから俺の事騙して落としてくれるの?」
「まー前田だけじゃないけど騙してるねー。あんまり敵は作りたくないし、ゆるふわフォーマルって感じだし」
「敵って?」
「教育委員会とか校長とか親御さんだよ。私は無力で従順な教師ですって感じの服でしょう?」

へー、と間の抜けた慶次の声にはそろそろかと腕時計を見やる。

「ところで前田君。次は移動教室だたと思うんだけれども?」
「え?あ、うっそ!やべっ!!先生じゃあまたあとで!」
「もうこなくていいぞー」

駆けだす慶次の背に釣れない言葉を投げ返す。
バタバタと遠ざかっていく足音には苦笑と一緒に頬を緩ませた。

「さて、小テストの採点でもしますか」

次の枠で授業はない。
は少しぬるくなったコーヒーを一口飲みこみ、手慣れた仕種で赤ペンを回す。
キンコーンと丁度になり響いたチャイムに慶次は間に合っただろうか?

中庭の桜はすっかり葉桜に変わり、は季節の移り変わりを横目に仕事に取り掛かった。






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