四国急襲から十日ほどしてか、元から浅かった傷は完治し四国は平穏そのものであった。 元親はしばらくは海に出ず政務に取りかかり、姫は負傷兵たちの治療や雑務に当たっている。 「あ、お嬢さん!」 「平八さん、どうかしましたか?」 「兄貴に文が届いてまして、兄貴どちらか知りませんか?」 「元親殿なら先ほど政務室に戻りましたよ。なんだったら私が運びましょうか?」 「じゃあ、お願いしやす!」 はい、と手渡された文。 ぱたぱたと駆けていく平八の背を見送りながら、姫は差出人の名に身を固くした。 *** 「お、。なにやってんだそんな所で」 政務の途中に厠に立ち、部屋に戻ろうとすれば日の届かない部屋で座り込む姫の背を元親は見つけた。 なにとなしに声をかければ、姫は酷く緩慢な動作で振り返る。 丸い頬に涙が伝った。 「?」 腕を伸ばす前に姫は逃げるように駆け出した。 それを追おうとした元親だったが、姫がいた場所に残されていた書状を見つける。 差出人は河野の巫の頭領。 姫の、父親だ。 元親は走るようにその文字の羅列を読み、次にそれを投げ出し「っ!!」と荒く吠えるような声で姫の名を呼び駆け出した。 闇雲に走っていた姫は知らぬ間に外にいた。 足場の悪い砂に足をとられ受け身もとれずに浜辺に転ぶ。 柔らかな砂のお陰で怪我はないが、多少の痛みは確かにあった。 「うっ・・・ふ、ぅ・・・ぅうう!!」 食い縛っていた歯の間から嗚咽が漏れる。 小さな痛みが、絶妙な均衡を保っていた姫の天秤に亀裂を入れた。 もう、限界だった。 「う、わ、ぁあ、あ、あっ、あ・・・!!!!!」 どうして、と宛のない問いかけが胸の中で巡りめぐる。 堰を切って溢れ出た悲鳴は余りにも痛々しく、射抜くような痛哭に元親は足を早めた。 腕を伸ばし、泣きながら叫ぶ姫を捕まえて振り向かし様に抱き込む。 姫は容赦なく元親の厚い胸に拳をぶつけ、絶え間なく嗚咽をあげ続けた。 「どうして!?どうし、てっ・・・わたし、わた・・・し・・・!」 元親はなにも答えなかった。 なにも答えられなかった。 だからただ姫を抱き締めることしかできない。 元親は無力だ。 あまりに無力だった。 「わたしっ・・・帰る場所が・・・、なくなっ、ちゃった・・・!」 手紙の主は伊予河野軍。 姫の父親だった。 「わたしっ・・・娘じゃ、ない、っ、て・・・!!」 それはどこまでも冷酷な言葉だ。 「帰る場所が・・・失くなっちゃったっ・・・!!」 姫の叫びは、あまりにも悲壮に満ち、悼むように浜辺の波が大きな海鳴りを鳴らした。 |