私は、物心ついた頃にはすでに巫女装束を纏い、祝詞を唱え、神事に身を捧げるのが日常でした。
父と母は私が立派な跡取りになれるよう私を厳しく育てました。
私も、父や母の期待に応えたくて必死に辛い修行も耐えました。
どんなに辛いことがあっても、父や母は私を愛してくれていました。だから、頑張れました。
けど、鶴が生まれて、世界が変わりました。
私を取り巻く、世界が。
鶴は先見の瞳を持っていました。
あの子は神に愛された目を持っていました。
言葉を覚えた途端、みなが鶴の力に気づきました。
鶴は、私が何年かけても手に入れられなかったものを、あの子は生まれた瞬間から手にしていました。
母は鶴を愛しました。
父も鶴を愛しました。
民も、みんな、みんな、あの子を愛しました。
あの子はあらゆる厄災をを見通し、数多の災いを回避してみせました。
誰もがあの子を愛しました。
あの子は私ができなかったことを簡単に成してしまいました。
私もあの子を愛していました。
大切な大切な、たったひとりの妹。
本当に愛していました。
同時に、激しく憎んでいました。
私が努力で得た愛や信頼を、あの子はなんの労もなく一瞬で私から奪い去ってしまいました。
あの子は無垢で穢れがなくて、汚いものなんて知らないから、私の思いに気づくはずもなく、あの子は毎日幸せに暮らしました。
父と、母と、伊代の国の民に守られて、愛されて、何不自由なく暮らしました。
許せなかった。
私のすべてを奪って、私の世界を壊して、私の居場所を持ち去ったあの子が。
あの子の笑顔が好きだった。
あの子の笑顔が嫌いだった。

苦しくて、苦しくて、どうしたらいいのかわからなくて、諦めたくて、諦めたくなくて、愛したくて、愛されなくてもいいなんて思えなくて、貪欲で、傲慢で、でも何も言葉にできなくて、辛くて、悲しくて、でも、やっぱりどうしたらいいのかなんてわからなくて



わたし、どうしたらよかったかなんてわからなかったんです。
ただ、愛したかった。
ただ愛されたかった。
ただそれだけなんです。
本当に、それいがいなにものぞみませんでした。
どうかもう一度、わたしをみてほしかった。
たった、それだけなんです。

「もう、いい」
「ちょ、そかべ、殿」
「もういいから、な」

暖かく逞しい腕が二本。
乱暴に優しく抱き締められ、耳元に響いた元親の心音は酷く優しかった。

「辛かったな。もう、大丈夫だ。俺がついてる。これからは、ずっと俺がいる」
「も、と・・・ちか、殿っ」

涙腺を刺激する元親の声音の波に姫は細い指で元親の服を握りしめた。
不幸だったわけではない、かといって幸せだったわけでもないのだ。

自分を見て欲しい

たったそれだけだったのだ。
鶴姫の代わりではない、姫を見て欲しかったのだ。
ただ、それだけだったのだ。

鬼は、それを叶えてくれる。
姫の願いを叶えてくれる。
優しく、熱い、逞しい腕に抱かれ、姫は色褪せぬ過去の記憶に目を閉じた。

鬼は、姫の願いを叶えてくれるのだから。