「野郎共っ!!鬼の名前を言ってみなぁ!!」
「うぉおおおお!!!も・と・ち・かぁあああ!!」

大きく錨槍を振り被る四国の鬼こと長曾我部元親。屈強な部下を引き連れ現れたるは伊予の国、大山紙神社。海を愛する海将の、狙う財宝は伊予河野の隠し巫女。
霊験あらたかと噂高い、神使とも呼ばれる先見の瞳を持つ預言者。
狙う輩は数多にあれど、すべて神の矢により命を落とす。
そんな歌まで歌われるほど、真実味の帯びる財宝に鬼は舌舐めずりした。
このところは中国の毛利が嫌に大人しく、気味の悪さに燻っていた所。
振って沸いた新たな財宝話に、欲深い鬼が食いつかぬはずがない。
帆を張り船を走らせれば、着いた先ではすぐ兵に囲まれた。
なかなかどうして、来訪者は多いらしかった。

「丸に七つの方喰の門!あなた長曾我部さんですね!?」
「あぁん?なんだぁ、嬢ちゃん」
「ここは私の海!これ以上瀬戸内と大山紙神社を荒らすのは、この鶴姫が許しませんよ!」

短い髪に短い着物。
びしっ!と元親を指差す小柄な少女。
あれで睨んでいるつもりなのか、つり上がった眉もシワの寄る眉間も、ただ幼さを強調するばかり。
元親は一度自分の髪を掻いて、鶴姫と名乗った少女を頭の天辺から爪先までを見分する。
やはり幼いばかりの姿には戦意が失せてしまう。
しかしその値踏みするような元親の視線に気づいてか、鶴姫の表情はより険しくなる。

「嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。怪我しねぇうちにさっさと帰んな」
「まぁ!!なんて失礼なんですか!!瀬戸内も伊予の国も私が守るんです!!」

噛みつくように言い返す鶴姫は、背負う矢筒から矢を抜き放ち、直ぐに元親に向かって標準を定めた。
戦意を向けられたならば、元親も黙ってはいられない。
船遊びばかりと思われもするが、腐っても国主。死んでやる気はない。
放たれた矢が届く前に、愛槍を振り回す。
炎を纏う槍の前に、ただの木の矢など歯が立つはずがない。
鶴姫の驚愕の表情を捉えながら、元親は熱風に吹き飛ばされる軽い少女の体を見送った。

「鶴っ!!」

だが鶴姫の体が地面にぶつかる前に、新手が少女の体を受け止めた。
鶴姫と同じ甘栗色の髪。
だが鶴姫と違って髪も着物も長い。

お姉さま!!」
「この馬鹿っ!!危ないから下がっていなさいと言ったでしょう!!」

まるで子を叱る母のような剣幕の少女はと言うらしい。
妹を背に庇いながら同じように元親に向かって矢を引き絞る姫に元親は片眉を上げる。

「どっちも巫女装束か。で、伊予の隠し巫女ってのはどっちだ?」
「私よ」
「私です!」

何故だかどうして、鶴姫と姫が同時に答える。
どちらかが嘘をついているのは、片目しかない元親から見ても明白だった。

「わ、私こそが伊予の隠し巫女で」
「なに言ってますかお姉さま!私が伊予の隠し巫女でしょう?どうしてそんな嘘をつくんですか?」
「鶴っ・・・!このお馬鹿!鬼はお前を狙っているのよ!?わざわざ名乗るなんて何を考えているの!?」
お姉さまだって、嘘はいけないんですよ?ここはどーんと、この鶴姫に任せてください!!」
「嘘にも良い悪いがあるの!お前を守る嘘なら父上も許すでしょうに!」
「でも私がみんなを守りたいんです!!」
「お前は私たちに守られていればいいのよ!」

喧々囂々。
元親の事など忘れてしまったらしいふたりの姉妹喧嘩には、思わず長曾我部軍の侵攻も止まる。
戰場がまるで似合わないふたりの少女の言い合いに、元親はたまらず腹の底からからからと大笑いを響かせた。

「かっははは!!おもしれぇ!伊予の国の巫女ってのはますます気に入ったぜ」

鬼の呼び声にふたりの巫女は直ぐに矢をつがえ、迫り来る鬼に応戦する。
ふたつの矢が元親に迫るが、火と木では勝負にならない。
爆風を追い風に元親は錨槍に飛び乗り一気に距離を詰めた。

「・・・っ鶴!!」
お姉さま!?」

短く舌を打った姫が、本物の隠し巫女である鶴姫を突飛ばし近距離でありながら狙いすまして元親の右目を狙う。
勢いと距離とにひやりと走った寒気だが、元親はすんで上体をずらすことで事なきを得た。
しかしこの距離ではもう矢をつがえる間はない。
鶴姫に向かって腕を伸ばせば、予想通りそれを阻もうと姫の腕も伸びてくる。
元親は、恐怖に目をつむった鶴姫ににたりと笑みを溢し、直前に体をねじって姫を抱きこみ鶴姫の脇を駆け抜けた。

「なっ!!?」
「宝は頂いていくぜっ!!野郎共!あいさつはきちっとしておけよ!?」

おおおお!!と答える長曾我部軍の呼応に姫は呆けていた意識を取り戻し、元親の腕の中で必死に手足を場たつかせる。

「離せっ!離しなさい鬼めっ!!」
「あんまり暴れんなよ。落ちちまうぜ?」
「お姉さま!お姉さまっ!!」

小さくなっていく鶴姫の姿が目に焼き付いた。
必死に腕を伸ばしてくれても届くはずがない。
元親の腕の中で必死に暴れる姫だが、「悪ぃな」と低く囁かれた声を最後にぷつんと意識を途絶えさせた。