船に女を乗せることは不吉である。 船乗りであれば誰もが知っている教訓ではあるが、それが気さくな長曾我部軍。 を船に乗せることにおいては誰一人として異論を発することはなかった。 故郷を失った。 城下やどこかの領主に奉公に行かせようにも彼女には立ち上がる術がない。 そのまま捨て置くなどということは人情深い元親にできるはずもなく、こうして船に乗せているというところだった。 薄暗い地下での生活を強いられていたは、久方ぶりに見たらしい太陽にうっとりを笑みを零した。 「眩しい・・・」 「そりゃあ、日輪だからな」 「きれい・・・」 どこかの日輪崇拝者を思い出しながら、元親はを抱えたまま船に乗り込む。 片手を元親の太い首に回して、もう片方の腕を太陽に向かって伸ばす。 「あったかいね」 日の光を忘れていたは嬉しそうに笑っていた。 *** 「だから言ったのに」 そう言った少女。 造られた海に閉じ込められた人魚、名は。 領主であるかの男は、噂で聞いたの美しさに妾に召し上げようとしたらしい。 が、村に着くまでの道中で人魚伝説を耳に挟んだと思われる。 人外と聞き紛うその美しい声、白魚の様な指先、太陽を思わす金の髪と、海を閉じ込めた蒼い瞳。 領主は進んで人魚の血肉を食ったのだ。 不老不死を夢見て、 「だから言ったのに」 まるで幼い子供に呆れた母のような声音だった。 何もかも諦めて、呆れて、ついつい笑ってしまった。そんな声だった。 「その、痛くは・・・ねぇ、のか?」 着物の下に隠された部分に膨らみはない。 恐らく、膝あたりから下が失われているのだろう。 気遣わしげな視線に気づいたは、自らその着物の裾をまくって見せた。 「痛くないよ。血も止まってるし、ちゃんとお医者様に見てもらったし」 予想通り、そこにはあるはずのものがなかった。 膝上、太ももの半ば辺りからそこには何もなくなっている。 肉が失われた箇所には白い包帯が幾重にも巻かれており、それがさらに痛々しさを 煽った。 この足(とももう呼べないが)では歩くことはまずままならない。働くことだって出来やしない。 「・・・なぁ、あんた」 「なぁに?」 ことり、と音が聞こえた気がした。 は小さく小首をかしげ、穏やかな瞳で元親を見る。 その瞳には、恐怖も、絶望も、明日への希望さえないことが見て取れた。 「、俺の船に乗らねぇか?」 *** 日輪光を受けて、の髪は蒼い水面に負けないほどに光り輝いていた。 船の先端。そのがの定位置である。 とはいえ自分の身体一つ自由に動かせないわけだから、傍にはいつも元親がいた。 例の城を出て幾日目かの船の上のことである。 「いーきもち」 潮風を受けて金色の髪がなびく。 午後の暖かな日差しを受けて、は笑う。 城を出て以来、能面の仮面は仕舞われ今では歳相応の朗らかな笑みばかり浮かんでいる。 しかしながら、船に女を乗せることが不吉だといったのは一体誰だったのだろう。 を乗せてからの航海はといえば好調以外の何者でもない。船員も皆それに気づいたか、に感謝の言葉を言うものさえいる。 今までの事柄を要約すれば、が同行するようになってから漁は快調、風も順風、天気が崩れることもない。 ほとんど自然的要因かもしれないが驚くことに全てのことにが関わっているのだ。 魚の大群が現れるときは決まってがのんびりを歌を歌ったときであり、渦潮や進行方向の違いを誰よりも先に気づいたのはだったからだ。 「お前は本当に人魚みてぇだな」 ポロリと零した元親の言葉に、は笑う。 「人魚だと、元親うれしい?」 「嬉しいつーか、なんだろぉな。なんとなくそう思っただけだ」 「でも、は元親が人魚がいいなら、人魚でもいいよ」 家を奪われ親を殺され、村は焼かれて足を喰われ、自由を奪われ閉じ込められて。 それは全て人魚であると言う疑いから起きた悲劇。 は全ての悲劇を受け入れ、諦め、心の其処に蓋をして鍵をかけて笑う。 それが痛ましくて悲しくて、元親はくしゃりと柔くの金の髪を撫でた。 「元親?」 「人魚じゃなくてもいいぜ。お前はお前だ。それだけで十分だろ」 に、と歯を見せて笑い返す。 笑って欲しい。でも、辛いなら笑わないで欲しい。 言葉にしたところでそう容易く成されるはずもなく、元親もまた同じように真意をひた隠してのために笑う。 人魚だろうとそうでなかろうと、元親にとっては愛すべき仲間であるのだから。 |