「あのひとは?」 の問いかけに元親は眉を寄せる。 あのひと、恐らく先ほど息絶えた領主だろう。「死んだ」と簡潔に言えば、は「そう」と立った一言だけを返した。 「あんたはここで飼われてたのか?」 部下が忙しく働く中、元親はが座り込む布団の前に立つ。 見下ろした異人の少女の小さいこと。歳は恐らく15ほどにも満たないだろう。そんな年端も行かない少女を抱いていたのかと思えば虫唾が走った。 そんなはといえば無言で頷く。 怯えているといったわけではないが、能面の様な無表情が人形めいた風情を表に押し出す。 「・・・南蛮の相の子か?」 金の髪に蒼い瞳。しかしの肌はかすかに黄色みがある。南蛮の人間は大方病の様な色の白さを持つ。事実を指され、驚いたようには目を丸くした。 「すごいね、わかるんだ」 「まぁな」 どか、と音を立てて座れば、は不思議そうに小さく首を動かす。 視線は階段の向こうと元親を交互に行き交う。詰る所言いたいことは「行かないのか?」だろう。 「部下が優秀だからいいんだよ。それよかぁ、あんた、家はどこだ?」 売られて来たか、浚われて来たか。どっちにしたっていいものではない。 その上に南蛮の相の子だ。城から出たにしても奇異の目で見られ差別を受けるのは目に見えている。この城を片付けたら帰りにでも送ろう。そう思っての質問であった。 しかし、はといえば、答にそぐわぬ微笑みをやんわりと浮かべた。 「もうない」 「ない?」 「うん、だって、あのひとが燃やしてしまった」 かすかな沈黙の間、焼かれた四国の村の名前を頭の中であげていく。 片手で事足りる数だった。だからといって許されることではない。 「・・・けどよ、安心していいぜ。あの男はもう死んだ。この世にゃあいない」 「死んだんだ、よね」 「ああ」 くすくす、と途端に少女が面白そうに肩を揺らす。 それが余りにも突飛がなくて、元親は気でも触れたかとの顔を覗き込んだ。 はとても愉快そうに、声を殺して笑っていた。 「だから言ったのに」 なにを、と問いかける暇もなくの笑い声は音を上げる。押し殺した忍び笑いは次第に大きくなり、薄暗い地下に反響して響いた。 どれくらいしただろう。 実際はそんなに長くはなかったかもしれない。気が済んだらしいは目じりの涙をそっと拭いながら、元親に視線を合わせ、問う。 「ねぇ、人魚伝説ってしってる?」 「人魚伝説?」 「そう、人魚の血肉は、不老不死の妙薬になる、っておはなし」 はまたくすくすと肩を揺らす。 要領の得ない話に元親は首をかしげる。自分は大して頭が良くはない。まぁ、比べる対象が西国の毛利だからかもしれないのだが。 ともかく元親はハッキリしない話は苦手であった。 されどそんなことは露知らず、はといえばどこか遠くを見ながらポツリポツリと話し始めた。 ここではないどこか別の場所を見る瞳には、おそらくだろうが彼女の故郷が移っているのだろう。 「はね、お母さんが南蛮の人だったの。海で溺れて、お父さんが助けてくれたって。お母さんは病気ではやくに死んじゃったけど、お父さんがを育ててくれたの。でもね、あのひとが、の所に来たの。人魚を寄こせって」 「人魚・・・?」 「あのひとが村に火を放ったの、覚えてる。お父さんが殺されたのも、村のみんなが殺されたのも、みんなみんな覚えてる」 ほろり、と一滴涙が伝う。 「人魚の血肉が、不老不死の妙薬なんて、ぜんぶ、人間の作り話」 「あんた・・・」 「あのひとは死んだでしょう?」 焼けた村、あのひと、不死の妙薬、人魚、死、作り話。 並びたてられた単語は、明確な形を持たずして元親の中に滑り込む。 溶かした鉄の様な重さと、極寒の雪のような冷たさを持って。 背筋を駆ける悪寒に、ぐっと臓物が圧迫された様な気がした。 正体の知れない恐ろしさ。少女は何もかも諦めたように微笑んでいた。 「だから言ったのに」 元親は視線を這わす。 行燈の炎が揺らめき、部屋の隅をぼんやりと照らした。 元親は何かに誘われるかのようにの着物に視線を這わす。 が着ていたのは着物は死装束のような真白の生地に紅い牡丹の花。 少女の着物の裾辺り、有る筈の膨らみがそこにはない。 行燈がゆらゆら揺れる。 立体のない牡丹が、のっぺりと床に散らばっていた。 |