「さて、仏さんへの祈りは済んだかい?」 にやりと口角を上げて笑えば、尖った犬歯が顔を覗かせる。 日の光を浴びすぎた銀の髪と薄紫の布に隠された左の顔半分。巨大な碇槍を担ぐその巨躯を持つ男。名を長曾我部元親。四国一帯を治める主であり、またの名を四国の鬼とも言う。 相対するのは四国の地方領主である。名はもう長曾我部の頭にはない。 歯の根も合わぬほどに震え上がった中年に差し掛かる脂の乗った男は今にも発狂しそうなほどに怯えていた。 「っ、長曾我部殿!!わしが悪かった!!武器を収めてくれ!!」 「はっ!謝ったくらいで罪が正されるなら地獄も魔王も必要ないんだよっ!!」 振りかざした獲物は男の足元に突き刺さる。 とうとう堪え切れずに失禁した男が畳を汚す。元親は汚らわしいそれを鼻で笑い、獲物を男の喉元に突きつけた。 「俺の民に手荒な真似して重税貸せて、一体幾つ村を潰してくれた?あぁ?」 「許してくれ!!金ならいくらでも払う!!」 我武者羅に叫ぶ男の目から滝のように流れる涙。 武士らしく腹を切る気もないのか、呆れ帰った元親はなんの宣告もなく得物を前へ押しやった。 ぶつりと肉が裂け赤い血潮が着物を汚す。 バタバタと陸に揚げられた魚のように暴れる男。見開かれた瞳は驚愕の色に染まり、必死に喉元を押さえつけたが破かれた血管が塞がるはずもない。 「・・・・・・なぜだ・・・わしは・・・ふ・・・し・・・」 息も絶え絶えに男は誰かの名を呼んだ。酷く困惑しているらしいが元親の知ったことではない。 暫くすれば絶命したらしく、ピクリとも動かなくなった男から視線を外し、元親は己の部下達に声をかけた。 「野郎ども!!城の貴重品をかき集めろ!傷つけるんじゃねぇぞ!」 民が汗水垂らして納めた血税を、おろかにもこの男は城の豪華絢爛に飾ることにしたらしい。 無駄の多すぎるその装飾。貿易に回せば金に戻る。そうして民に還元したところで潰れた村が戻るわけでもないが、それが国主である元親のすべきことであった。 「アニキ!!大変です!!」 「なんだぁ?」 鷹揚に問い返す元親に相対する部下の顔色は青い。 諸悪の根源は今しがた潰したところだ。 さて、問題はなんだろうと元親は説明を省き奥へ、と促す部下の後ろを歩く。 目前の厳しい鉄の扉。潜った先は薄暗い階段。どうやら地下へと続くらしい。 「一体何が大変なんだ」 「そ、それが・・・」 言いあぐねる部下は口を開いては言葉を呑む。 百聞は一見に如かず。 過去の偉人の言葉を反芻しながら、元親は仕方なく問題の追及を止めて足を速めた。 階段が終われば広い場所に出る。 元親は思わず息を飲んだ。此れは確かに大変であった。 地下に海がある。 触れてみれば分厚い硝子らしい。 一体どういう構造なのか。首を捻れば怪しい髭面の偉人が浮かぶ。 最近九州に居を構えた異国の宗教団体と通じていたというのは噂ではないようだ。 異国の文化は日の本とは比べ物にならない。 陸に海を閉じ込めるとは驚きだ。 薄暗い地下で小さな海が蝋燭の光を喰って輝く。 色とりどりの魚、美しい珊瑚、珍しい海草。 造られた小さな海の中に一本の通路。 その先に影を見つける。 元親は目を細めた。 「あぁ?」 一組の布団とそこに散らばる様々な菓子やら玩具らや。それを照らす行燈とそこに座り込む人影。 薄暗い地下に海があった。そこにはさらに月まであるらしい。 「・・・だ、れ?」 か細く漏れた声は鈴の如く。 金の髪に青い瞳。見慣れぬ偉人に部下達が一歩引くのを尻目に、元親は一歩踏み出した。 「俺は長曾我部元親。四国の鬼たぁ俺のことだ。で、嬢ちゃんは?」 腰まで伸びた金の髪。 それがふうわりと揺れて幼い女が口を開いた。 「」 宣告死んだ男の言葉が耳に蘇った。 と名乗る異人の女。 城の奥の奥そのまた奥の、さらには地下に隠された小さな女。 そこいらの姫でさえ持ちえぬその美貌。 なるほどどうやら、あの男の“宝”らしい。 鬼の勘がそう告げた。 |