act,7








「さぁさぁみんな!笑って笑って!」

まるで軽快に踊るように会場をめぐる慶次は一眼レフを構えて何度もシャッターを切った。
美しく着飾る女たち。礼節を重んじる男たち。妙齢の女性や厳しい髭の偉丈夫。慶次は目まぐるしく賑わう会場を右往左往し、すべての笑顔を収めるためにシャッターを押し続けた。

「慶次!」

ふとした呼び声に顔を向ければ、真っ白のドレスに身を包んだ飛び切りの美人が右手を振っている。

!いやぁやっぱり綺麗だねぇ!」
「相変わらず達者な口ね!仕事は順調?」
「もちろんだよ!もうネガ3本目」
「本当?相変わらず好きだね、写真」

高校時代から相棒の一眼レフを片手に慶次は西へふらふら東にふらふら。よく家族を困らせていたのを知っていたは、原因であるカメラを撫でながらやわらかく笑った。

「時代錯誤なカメラだよ。今時オートじゃないカメラなんて」
「それがいいんじゃないか!味があるだろう?」
「まぁね。それに趣味が高じて仕事になるんだから、本当にすごいよ慶次」
「ありがとさん!」

心からの賞賛に気を良くした慶次はニッ!と子供っぽく歯を見せて笑う。高校時代からまったく変わらないその笑みに、は羨ましそうにため息を零した。

「慶次はいつまでも変わらないね」
「そうでもないだろう?今じゃあ真面目に仕事もしてるし、写真集だって出してるよ?利とまつ姉ちゃんにももう迷惑かけてないしね!」
「本当かなぁ?それでも、女の子は泣かせてるんじゃない?」
「ええ!?そんなことしてないって!!」
「嘘っ、高校のときは女泣かせだったのに!!」
「ないないない!誰から聞いたんだいそんなこと!?」

両手を振って慌てだす慶次には疑わしげに鋭い視線を投げる。
身に覚えのない慶次は本当にそんなことしてないって!と今にも泣きそうな顔での誤解を晴らすべく過去の身の振り方を思い返した。それでもやはり思い当たることはなく、慶次は散々悩んだ末に愛用の一眼レフを掲げた。

「本当にそんなことしてないよ!こいつに誓ったっていい!」
「ふーん。なら、そういうことにしてあげようかな?」

くるりと背を向けた
髪が結い上げられた露になったうなじと背が大きく開いたドレス。背中いっぱいにちりばめられたラメが会場の光を吸い込んで煌いていた。そうしてちらりと首だけを慶次の元へ回す。首元を飾るパールのネックレスが美しく揺れて、しゃらりと華奢な音を立てた。

「罪作りな慶次」
「そんなことないってばぁ」


肩を落として落胆する慶次。は相変わらず高く結い上げられた柔らかな栗毛をよしよしと撫でながらあでやかに笑った。

「高校の頃、私、慶次が大好きだったのよ」
「え!?」

< 全然気付きもしなかった。
慶次にとっては取り分け仲のいいクラスメイトでよく一緒に遊ぶ親しい間柄の友達だった。昔から好きだった恋の話もよくとはしたものだった。けれども慶次はが自分を好きだなんて確信できたことは一度としてなかったし、そんな素振りも見つけられなかった。
女泣かせの意味を理解してしまえば、慶次は困ったように顔を青くさせて狼狽してしまう。
それを見たはくすくすと小さくて華奢な肩を可愛らしく揺らした。

「そんなにびっくりしなくてもいいでしょ?もう何年も前だし、それに私、結婚するんだよ?」
「そ、そうだけどさ」

所帯なさげに一眼レフを弄る。
今までたくさんの恋を見てきて、たくさんの世界を見てきた。慶次は風景を撮りすぎたのかもしれない。視点はいつも遠く先を見すぎていて、近くのものに気付かなかったのかもしれない。
一人自己嫌悪に陥る慶次。どんどん眉尻を下げてうつむく慶次には軽くその頭をはたいてやった。高校時代、彼の親類であるまつがよくこうしていたのを思い出したからだった。

「落ち込まないでよ!そんなに私に好かれるのが嫌だったわけ?」
「ちが、違う違う!!そんなことない!すっげー嬉しいよ!」
「ほんと?」
「ほんとほんと!!」

急いで何度も首を縦に振れば、は安心したように相好を崩した。

「言えて良かった。ほんとはずっと、伝えたかったの」
・・・」
「慶次、写真とって。私、お嫁に行くの」

そう言ってはドレスの両端をつまんで、まるで貴族の令嬢のように膝を曲げて優雅に微笑んだ。
それがあまりに美しくて、慶次は返事をする前に一眼レフを構えてシャッターを切った。

「タイトルは?前田先生」
「『幸せの象徴』」
「タイトル微妙」
「微妙ってゆうな!」

そうして二人肩を叩き合い小さな子供のようにけたけたと笑った。
慶次にとっては一番身近な友人だった。恋をした時も、恋に破れた時も、春夏秋冬、3年間。慶次がふらふらと放蕩して、帰ってきて一番に土産を渡すのは利家でもまつでもなければだった。
慶次とは一番の友人だった。親友と呼べる仲だった。
それでもあれは、恋だったのかもしれない。
慶次は小さく微笑んで、新郎新婦のためにシャッターを切った。

「タイトルは『どこまでも続く幸福』、かな?」






君は世界で


一番輝いていた