act,6 「それでは親族代表、お兄様の毛利元就様からのご挨拶とさせていただきます」 進行役が元就の名を呼び、悠然と立ち上がった元就は迷いない足取りでスピーチ台に上がった。 フォーマルなスーツに身を包んだ兄は見慣れない。はくすぐったい心地で兄である元就を見やれば、それに気付いた元就がやわらかく微笑んだ。 『本日はお日柄も良く、皆々様お忙しい中我が妹の結婚式にお集まりいただき感謝いたしております。本来ならば、この挨拶は父が致すものですが、我らには親が既に他界しておりますので、僭越ながら兄である我が挨拶をさせていただきますことをご了承いただきたく存じ上げます』 淀みのない声音でそういった元就は一度深呼吸を繰り返して新郎新婦のほうへを体を向けた。 『幼い頃からお互いを支えあって生きてきた我らではありますが、とうとうの妹の嫁入りに寂しさを感じずにはおれませぬ。母に似た顔立ちと器量よしのは、我としてもどこへ出しても恥ずかしくない妹であると自負しております。それでも浅い人生経験ゆえに至らぬこともあるとは思いますが、どうか、妹を、を・・・』 そこで一度、元就が鼻をすする音がマイクに拾われた。 にとって、元就はそれは偉大な存在であった。 早くに親を亡くした二人は、親戚の家に身を寄せていたがあまりいい顔をされなかった。たいした遺産も残されていない兄弟なんてはっきり言ってただ飯ぐらいも同然で、いつも冷遇されていた。耐えかねた元就は中学卒業と同時にを連れてその家を出て、安いアパートを借りて二人で過ごした。 勉学に励みバイトに勤しみ、小さかったの面倒を見てくれた元就は父であり母であり兄であり神だった。 そんな兄と離れるのは、やはりも寂しくて涙腺が潤む。 『を、を・・・ を幸せにしなかったら我は貴様を殺す!呪い殺す!末代まで祟って全員呪い殺してくれるわ!!我の可愛い可愛いを一度でも泣かしてみろ!!我直々に貴様を拷問にかけてその腐った性根を叩き直す前に粉砕してくれるわ!!死ぬほどの痛みと後悔を与えてくれようぞ!!第一は貴様のようなどこの馬の骨とも知れぬ優男には勿体無いなさすぎるのだぞ!?料理洗濯裁縫掃除。なにから何まで身につけていつも「元就兄さん、家のことは私がするから心配しないで」と申して家長を立て家を守るその姿勢がなんと健気で美しいことか!!昨今この様な礼節を弁えたまさに大和撫子と呼べる日本女子を見たことがあるか!?ないだろう!?身の程を知るがよいこの愚か者めが!!それに貴様のような中小企業勤めの男に本当にを幸せに出来るのか!?出来るのかええ!?さっさと答えぬかこの朴念仁!!今すぐここでを幸せにする計画を述べてみよ!さぁ述べよ!!答えられぬのか!?先まで見据えずしてどうするのだこの無能!!やはり貴様にをやるのは勿体無さすぎる!!我のほうが絶対にを守ってやれる!!我のほうが絶対を幸せにしてやれる!!我は、我は今までずっとを守ってきた!!今までずっとだ!それなのに・・・それなのにこんな駄馬にを奪われる羽目になるとはっ・・・!!』 「元就!!馬鹿!!落ち着け!!」 『我は落ち着いておるわこのド阿呆め!!貴様も言ってやらぬか!!世界中で我よりもを幸せに出来るものなどおらぬと!!』 「ほんと馬鹿!落ち着けっての結婚式だぞ!?」 『うるさい黙れ超助平元乳首!!』 「やめて!!ほんとやめて!!」 良心的措置から元就のマイクを奪おうとした元親は懇親の力が込められた蹴りを受けて倒れ付した。顔色は普段とまったく変わらないくせにふん!と高慢に鳴らした鼻息からは異常値とも思われらるコール臭が漂ってきた。あまりの扱いにわっ!!と泣き出す元親だが、それを無視して元就はきつくきつくマイクを握り締め、もう一度新郎新婦に視線を戻した。 『』 先ほどの叫び声からは想像もつかないほどの優しさが滲む声に、ざわめきを広げていた会場は水を打ったように静まり返る。 『それでも、その男はお前が選んだ男ぞ。必ずや、幸せになるのだぞ』 「元就兄さん・・・」 < 元就はにとって、父であり母であり兄であり神だった。 その元就が泣いていた。この結婚をさびしく重いながらも、祝福してくれているその事実に胸が張り裂けそうだった。襲来する幸福と切なさの二重奏に、は涙を零して何度も頷いた。 『だがやはり幸せになれぬと思ったらいつでも戻ってくるがよい。兄はいつでもお前の味方ぞ。見切りをつけるのは早いほうが良いからな、決して観察眼を曇らせることはないように』 付け加えられた言葉に思わず笑えば、隣の新郎が放心した顔で元就を見ていた。 「ごめんなさいね。元就兄さん、酒乱なの」 はたしてこれが酒乱で済む程かはわからないが、もう一度言っておこう。 にとって元就は父であり母であり兄であり神だった。 多少のブラコンであることは知っていただろうが、ここまで盲目的な家族愛には言葉を失うのも致し方ない。ご近所で幼馴染である元親は胸のうちで、未だ放心から抜け出せない新郎の為に合掌するしかなかった。 |