act,5








「それでは、新郎新婦、誓いのキスを」


神父の宣言にのヴェールが解かれる。失われたヴェールでスポットライトが眩しい。は緩やかに瞬きを繰り返し、誓いのキスを待つために、ゆっくりと瞼を下ろした。

「待ちやがれっ!!!」

突如としてホールの扉が勢いよく開かれる。騒然と立ち上がる親族たちのざわめきと悲鳴。聞き覚えのある声に瞳を見開けば、逆光に光る銀髪が煌いていた。

「元、親」

荒く呼吸を繰り返す元親の肩。額に浮かぶ珠の汗。は滲み出す涙が止めえられなくて喘ぐ。を視界に捕らえた元親は、手近にあった照明スタンドを振り上げ新郎に向かって力いっぱい投げつけた。重なり合う悲鳴と怒号には思わず放心してしまい、何かを言う前に大きな手がの手首を掴んでいた。

「来いっ!!」
「も、元親!?」

< 後ろで両親がを呼ぶのが聞こえた。振り向こうとしたが、先を走る元親の腕がそれを許さない。そうでなくても何重にもスカートが重ねられたウェディングドレスは走りにくいことこの上ない。それを見かねた元親はひょいと軽やかにを抱き上げてしまい、まるで映画のような逃亡劇には言葉を失くして元親の腕の中で大人しくする以外にほか無かった。
正面から逃げずに協会の裏口へと逃げ回る。駐車場に停めていたハーレーが見える距離で漸くを下ろした元親は、ふぅ、と吐息を零して汗を拭った。

「・・・ここまでくりゃあ大丈夫か?」
「だ、」
「だ?」
「大丈夫じゃないよ!?なんなのいきなり現れて!?あんなことが許されるのは小説とか映画とかフィクションだけだよ!?酷いよ!式をぶち壊しにされて!私あの人や両親になんて顔すればいいのよ!?元親はいつもやりたい放題してきたけど、私には私の都合があるんだよ!?謝って済むことじゃないし、こんな恥かかされて向こうも親もカンカンだよ!?どうしてくれるのよ!!」

今まで放心してしまっていた脳が解凍されればついて出る文句のスピードにさすがの元親も疲弊してしまう。それでも許さず説教を続けようとすれば、元親はそれを遮る様にの頬を撫でた。

「そんなにあの式が大事かよ」
「大事だよっ」
「泣くほど嫌な結婚なのにか?」

言われてしまい言葉に詰まる。
綺麗なドレスも、鮮やかなブーケも、華奢なリングもみんなが選んだものではない。先方が選び、両親が与えたのだ。
の生まれた家は名のある名家だった。
いまどき血を尊ぶなんてそれこそ小説や映画のような世界ではあるが、は生まれたときから人生のすべてを運命付けられていた。血を存続させるためなのだ。もうずいぶん前から仕方がないと諦めていた。
泣いてない!と吼えるように叫んでも両の瞳から流れる涙は止め処なくて、は鼻を赤くして何度も涙を拭った。

「大事よ。うちは子供が私一人だから、私が家を継がなきゃならないの。みんなからすれば古臭くて頭が可笑しい変な決まりかもしれないけれど、うちでは絶対だったのよ!私、きっと両親に殺されちゃうわ。よくも家の名前に泥を塗ったって」
「そいつはいいな。いっそそのまま勘当されちまえばいいじゃねぇか」
「笑いごととじゃないんですけど!?」

あっけらかんと言い放つ元親には棘棘しく言い返す。自由奔放の元親と、生れ落ちた瞬間から人生のレールを決められていたでは価値観が違いすぎるのだ。怒りはだんだんしぼんでやはり諦めに行き着いてしまう。は最後の涙を拭いきった後、元親の手を取ってその無骨で大きな手を握り締めた。

「・・・・けど、嬉しかった。ありがとう」

「でもやっぱり私は家の子だから・・・行かなくちゃ。今からでもまだきっと遅くないから」
「なぁ、嫌なら嫌って言え。政略結婚なんで今時流行らねぇぜ?戦国時代じゃあるまいし、お前が家の犠牲になる必要なんてねぇ。なぁ、そうだろう?」
「その通りだよ。でも、言えるわけない」
「言えよ。そうしたら俺はこのままお前を連れてどこへだって逃げてやるから。向こうの男にもお前の親にも見つからないよう二人で暮らそうぜ?俺は馬鹿だけど、お前のことは絶対幸せにしてやれる自身はある」

真剣な碧い瞳がを映している。目尻と鼻を赤くした、望まないドレスを着た女が映っている。何も考えずに元親の腕を取れたらどれだけ幸せだろう。
それでも、はゆるく首を横に振るだけだった。

「その言葉だけで、十分だよ。元親がそう言ってくれただけで、私一生分の幸せもらえた。だからもう大丈夫。みんなに見付かる前に、元親だけでも逃げて?見付かったらなにされるかわかんない。お願い」
!!見つけたぞ!!」
「元親行って!!」

協会からわらわらと出てきた両親に続くのは、怒り心頭で顔を赤くした新郎だ。名前は思い出せない未来の旦那。は元親の体を押して早く逃げるように促すが、逆に元親はの腕を捕らえてにんまりと笑った。

「はいそうですかって行くと思ってんのか?海賊の流儀ってやつ、見せてやるぜ!!」
「きゃあ!?」

急に抱き上げられたは二度目の姫抱きにまたも抵抗のすべを失う。
の両親を尻目に快活に笑った元親はを抱いたまま愛車のハーレーに跨り、エンジンキーを回した。

「俺は欲しいもんはどんな手を使ってでも手に入れるんだよ。残念だがよ、もうお前の意見聞いてやれねぇからな」
「元親!」

制止の声をあげる前に、元親のハーレーがエンジン音を上げて唸る。新郎をしっかりひきつけた後にアクセルを爆発させれば、舞い上がる黒煙に真っ白のタキシードが煤こけ黒に染まり、そのまま転倒した新郎を笑い飛ばしながら元親は協会の駐車場を走り抜けた。

「俺は名家じゃないただの田舎もんだがよ、お前を幸せにしてやりてぇ気持ちだけはどんな金持ちにだって負けねぇ。だから大人しく、俺のもんになれよ」

海沿いのハイウェイを駆けるハーレーに負けないほどの声で、元親がそう言って笑う。
風に煽られたヴェールが吹き飛び、素顔が露になったはただ泣きながらその広い胸にすがり付いて何度も頷いた。






大脱走の末に
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