act,4 「うっ・・・・ぐず・・・」 「・・・主任、すいませんけどいい加減泣き止んでくれません?」 周りはちらちらと盗み見ているつもりらしいが、ほぼ直撃に突き刺さる視線の居心地悪さを感じながらもハンカチを手渡せば、小十郎はしみったれた涙声で「ずまねぇっ・・・」と零して目元を覆った。 「ついに部長もご結婚ですかー。てかまだ二十歳だってのに早漏ですねー」 「馬鹿野郎っ!政宗様は正常だ!」 「すいません主任そんな突っ込みは期待してません」 隣で鼻を鳴らす片倉小十郎。今年で三十路の色男だが未だ浮ついた話一つもないのはどうだろう。 聞くところによれば、小十郎は幼い頃から政宗に仕えていて、それこそ父親のような兄のような存在だったらしいがこれでは花嫁を見送る父親ではないだろうか。 「ほら主任いい加減泣き止んでくださいよー。いい男が台無しですよ?」 「これが泣かずにいられるかっ、政宗様の門出だぞ!?」 「いや、そうですけどね」 渡したハンカチを握り締め、声高々に宣言する小十郎に気付いて紋付袴の政宗が困ったように苦笑した。隣の花嫁と小さく囁きあい、憤る小十郎を指差して二人して幸せそうに笑いあう姿にはぼんやりとテーブルに肘をつく。 「いいなぁ。お人形さんみたいにお似合いの夫婦じゃありませんか」 「当たり前だっ、政宗様がお選びになった女性だぞ!?」 「主任ちょっと酔ってません?」 いつもの威厳たっぷりの小十郎はどこへやら。 娘の旅立ちがうれしいやら寂しいやらで自棄酒を始める父親のごとくの小十郎には肩をすくめるしかない。 「ほらまだスピーチあるんですからちょっとペース落としてお水飲んでくださいよ。へべれけになってスピーチできませんでしたなんてことになったら悲しむのは伊達部長ですよ?」 「そ、そうか・・・すまねぇな」 ようやく普段の平静を取り戻し始めたか、から水の注がれたグラスを受け取った小十郎は一気にそれを飲み干しスピーチの原稿に目を通した。 「・・・」 「・・・なんだ?」 不意に感じた視線に顔を上げれば、肘を突いたままのが小十郎の顔を見ていた。 思わず問いかければは小さくふふ、とやわらかく笑い、小十郎のネクタイの歪みを直した。 「今日の片倉主任、なんか手の掛かる子供みたいで」 「子供って・・・俺はお前より一回り上なんだが」 は小十郎より政宗と歳が近い。というか同い年だ。 それでも会社では、長女として育ったおかげで面倒見が良く落ち着いたは破天荒な政宗よりも成熟した小十郎のほうが馬が合った。 それなのに今日の小十郎は本当に子供のようで、普段お世話される身からは想像もつかないほどでは笑うしかないのだ。 「主任、早くかわいいお嫁さんもらって落ち着いたほうがいいんじゃないですか?ほら、子育てもすんだんだしそろそろご自分の人生謳歌しちゃわないとあっという間ですよ?」 「何でもそう簡単に出来たら苦労しねぇよ。こんな顔の男が言いなんていってくれる女はそういねえんだよ」 確かに、と思わず頷いてしまうだがそれも仕方がないだろう。 深く刻まれた眉間のしわに、鋭い切れ目の瞳、そうして頬に走る刀傷はお世辞にも一般人にも見えない。話してみればいい人なのだけれども、第一印象が生み出す障害は大きい。 社内でも人気の片倉主任と誉れ高いが、小十郎にアタックしてその一睨みで恋心を粉砕された女性は星の数とも言われている。 「苦労されますね。私、片倉主任の顔結構好きですけど」 「お前初めて会った時もビビらなかったしな」 「正直主任よりも部長にビビりましたもん」 「でもまぁ、政宗様や輝宗様にも早く身を固めろと言われるしな」 「すごいところから圧力かけられてますね、そのうちお見合いとか回されるんじゃないですか?」 からからと笑うを一睨みする小十郎だが、すっかり慣れてしまったはそんなもの恐ろしくはない。所詮他人事ですので、と笑えば軽く頭をこずかれた。 「うるせぇな、そうならねぇためにもお前ちょっとは協力しろよ」 「はぁ?私に女性紹介しろって言うんですか?」 の考える限り小十郎と釣り合いの取れそうな落ち着いた女性は思い浮かべてみても知り合いにはいない。残念ながら協力は出来そうにないと肩をすくめれば、小十郎はスピーチ原稿を仕舞い込みにやりと笑った。 「一年以内にまともな料理が出来るようになってくれよ。そうすりゃ、お前を嫁にほしいんだがな」 「まさか・・・冗談でしょう?」 思わず笑みも消える。の知る限り、片倉小十郎が冗談を言うなんて四月一日でもありはしないことだった。 呆然とするを他所に、スピーチをするために小十郎が席を立つ。 の傍を通り過ぎる際に小さく「また後でな、」と言われてしまい、徐々に侵食する頬の熱。スピーチの最中、一度として視線が外せなかったは、小十郎のスピーチの間見つめあう結果になってしまうのだった。 |