真っ白のレースをふんだんに使い、何重にも重ねられたスカートが腰のあたりで白いバラのコサージュで纏められている。
肩から背にかけてあらわに露出し、ウエストはコルセットで締めたかのように美しいラインを画いていた。
鏡の前で器用に一回転したが「どう?」と視線だけで問うと、三成よりも先に鶴姫が両手を強く打ち合わせて甘い溜息を零した。

「すっっっっっっごく素敵です!さん!」
「ドレスのおかげだね」
「いいえ!これはさんのお美しさのなせる技です!ねっ!三成さん!」
「当然だ」

三成の言葉にはほんのりと頬を赤らめる。
鶴姫に至ってはきゃあきゃあとまるで自分のことのように喜んで飛び跳ねていた。
三成の衣装合わせはとっくに終わっているのだが、ドレスの方はまだまだ決まりそうにない。
人生で一度のみの晴れ姿なのだからと、三成は特にを責めることもなく真面目に付き合ってくれている。

「三成、お色直し何回までしていい?」
「何度でもすればいい」
「ドレスの色、赤も青も黄色も緑も捨てがたいの」
「好きな色を選べ」
「それと、フラワーシャワーがしたい」
「構わん」
「生花がいいの。造花じゃ味気ないし」
「分かった」
「あとウェディングケーキはすごい大きいのがいいなぁ」
「手配させる」
「伊達くんたちも呼んでいい?」
「誰だ?」
「元親君たちの友達だよ」
「ならばいいだろう」
「三成」
「なんだ」
「三成、私と結婚したくないの?」

一体今の会話から何故そうなるのか、三成には全くもって理解不能だったし鶴姫は好き勝手にドレスを見て回っているし頼みの綱の吉継は今日は体調が良くなかったので療養中だ。
これがマリッジブルーというやつなのか。三成は明晰な頭脳のゼロコンマの思考でそう考えつつ、一切表情を変えることなく「そんなはずがない」と強く否定した。

「だって・・・三成全然楽しくなさそうだし、意見も言ってくれないし。私が披露宴でゴンドラやりたいとか言ったらどうするつもりなの?」

そんなことを言われても、男のお色直しなんてそもそも誰得であるし三成はこれといって結婚式の内容に注文をつけるつもりはない。
仏頂面でに付き合うさまは酷く不機嫌に見えたかもしれないが、生まれてこのかた二十数年ずっとこの顔なのだ。そのあたりは察して欲しい。
指先でバラのコサージュを弄るのうつむき加減の表情に、三成は短く嘆息を吐いた。
鶴姫が辺りにいないことを確認して、をフィッティングルームに押し戻す。それから後ろ手でカーテンを閉めてを壁際まで追い詰めれば、露わになっていた背に鏡の冷気があたったらしく小さく身を震わせた。
突然のことには若干狼狽えつつ三成?と名前を呼ぶ。フィッティングルームに二人きり。
五度生まれ変わって、ようやくだった。

。私はそれほど凝った式にするつもりはない。だがお前が望むならゴンドラも色直しもフラワーシャワーも特注のブーケもケーキもなんだって用意してやる」
「お金かかるよ?」
「構わん。埋蔵金がある」

なにそれ、とは笑う。
前世ではそこそこ名を馳せた陸軍将校だったおかげで隠し財産が一山ある。案外まだ見つかっていなかったのが驚きなのだが、現代の価値に換算すればの望む式のプランなど容易く賄える。

「私はお前と違ってつまらない男かもしれない。お前の趣味ややりたいことをうまく理解できないかもしれん。だが間違うな。私はお前を愛しているし、手放す気など一切ない。もし今から嫌がったとしても、婚約は反故などしてやらん。私は、お前が欲しい」

睨みつけながらそう唸れば、小動物のように震え上がっていたの頬にゆっくりと朱が差した。
滲むように蕩けた目尻と口角。あの頃より少し幼い風貌で、は綻ぶようにうっとり笑う。

「嬉しい。私も、好きよ。三成」

まだ、手を繋ぐだけの清い交際で、付き合った期間はたった三ヶ月。
周囲が止めたくなる程のスピード婚で、三成は男共からをかっ攫ってしまった。
は運命の一目惚れだと言う。
周りの男たちを振り切って、三成の胸に飛び込んだ。
その思いの外暖かく、居心地のいい腕で抱きしめる三成は、低く程よいテノールで心臓を撫でる声でこう言ったのだ。

「愛している。だから、私の妻になってくれ」

三成の声はいつもの気持ちいい場所に触れる。
名なんて呼ばれた日に頬が緩みっぱなし。やはり運命だからだろうか。
三成はの足りないものを満たすように、あまりにも自然に、卑怯なくらい甘く、優しくに侵食する。
不快ではない。むしろ心地よいほど惜しみなく注がれる三成の愛情に、はもう中毒状態だ。
は窮屈なコルセットの下で肺を震わせる。

「馬鹿なこと言ってごめんね。疲れてるのかな。緊張して」

三成はごく自然な動作でそばの椅子を引き寄せるとに座らせる。
ウェディングドレスというものは見た目通りの派手さにならって案外重たいものなのだ。
言葉にせずこちらを気遣う三成の紳士然とした態度にの心臓はキュンと悲鳴を上げてしまう。

「気を病むな。秀吉様と半兵衛様がいるのだ。緊張する必要はない」
「それが緊張の要因なんだってば」

三成の今の上司である二人の名は奇しくも原始の記憶と重なっていた。
名も風貌も同じであるが、性格などがいくらか違う。
今世の秀吉は随分穏やかな男であるし、半兵衛に至っては健康そのもの。
二人はもう三成の神ではなかったが、やはり師事したくなるほど崇高な存在であることは違いない。
普段から三成の口から二人の讃美を聞いているにとっては、どんな天上人と見えなければなのかと今から戦々恐々なのだ。

「でも、ふふ。我慢しようかな。私頑張るからね。病める時も健やかなる時も、私は三成のお嫁さん」
「・・・それは式で確認することじゃないのか」
「気分が乗ってきたんだもん」

は肩を揺らしてふふふと笑うと、三成の手を取ってそっと引き寄せる。そのままその場にかがむようにお願いして、三成の整った顔を覗き込んでうっとりと目を細めた。

「愛してるわ。三成」
「私もだ、

五度生まれ変わり、五百年を経て、また出会う。
三成は、堪らずに口付けていた。
清い交際が三ヶ月。式の一月前にして初めて触れ合った唇からは、甘く現代的な味がする。
赤いグロスに交じるクランベリーの香り。それはほんのりと血の味にも似ていた。
そっと唇が離れると、の両目に大粒の涙が溜まっている。三成は現界まで目を見開き、咄嗟に二歩程下がる。背に触れたカーテンが揺れ、鏡が恨めしそうに三成を晒し上げる。

「す、すまん。泣くほど嫌だったのか」
「ちっ・・・違う、そうじゃない」

音を立てそうなほどの大きさで溢れ出る涙は、の頬を沿って胸元を濡らす。
うれしくて、
と告げる震えた声は、今までで聞いた中で一番力強く、芯から燃えているような声音であった。

「嬉しくて、私、これで三成の女になるんでしょう?」
「・・・?」
「私、三成の妻になれるんだよね?」

涙が睫毛を濡らす。嗚咽を堪える笑みが、不格好に湛えられていた。
そこにいたのはだった。
見紛うはずがない。それは五百年前を共に生きた、たっだ。



三成は、ほとんど吐息を吐くようにの名前を呼んでいた。
一瞬にして目頭が熱く、視界が滲む。先ほど下がったほんの二歩を、倍以上の時間をかけて歩み寄ればはそっと微笑む。

「接吻で呪いが解けるだなんて、まるで、西洋の御伽噺ね」

三成は何も答えず、答えることなどできず、の体を掻き抱いていた。
に触れたのはどれくらいぶりだろう。
一度目の最後は、冷たく事切れるを抱いていた。
二度目の人生は、出会うことさえ叶わなかった。
三度目の転生は、弱々しく枯れてしまったを抱いていた。
四度目の生涯は、先に看取られてしまった。
そうして五度目、ようやくして暖かく、生きたを愛し、抱きしめることができた。

「もう二度とっ・・・私のそばを離れるなっ!!」

五百年の孤独の終着で、三成はそう吠え立てた。

「うん。離れない。やっと三成と一緒になれるんだもん。もう絶対、離さないで」

背中に回された腕の細さ。指先の熱。肌越しに伝わる心臓の鼓動。吐息。柔らかな香り。
すべてが愛おしく、手放し難い。
五百年、追い求め、待ち望んだものだ。

「愛している」

どちらともなくそっと瞳を閉じる。
触れ合う唇の甘さは、蕩けそうになるクランベリーの味がした。






を恵んでくれないか